372 シオリ無双
街の門をくぐった所で立ち止まった。
先頭をシオリ、次いでケイマン、その後ろに十数人のウンディーネ。
振り返ることなくシオリはケイマンに尋ねた。
「いいんですか、ケイマンさん?」
「なにがじゃ」
「雨に当たればあなたもやがて獣化します。ここに残った方が」
「かまわん。獣化したら迷わず斬れ。ワシのことはそれまでの盾と思っとればええ」
何を言っても意見は変えないと察したシオリはそれ以上何も言わなかった。
後方からウンディーネが声をかける。
「私たちが周囲に水の膜を張ります。ある程度この雨を防げるはずです」
ウンディーネは水の精霊だ。
彼女らがそう言うのなら信じていいと思った。
「行きます」
前を見たまま柄だけの神器をかざす。
「転身……姫神」
柄から光の刀身が具現する。
シオリの身体が光に包まれた。
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玉座で静かに空を眺めていたゼイムスは、城から離れた位置で光の明滅が繰り返されている事に気が付いた。
崩落した謁見の間はそのままに、雨を遮る天井すらもない。
玉座の周囲だけは豪奢な天外に覆われ雨をしのげてはいるが、廃墟のような広間にポツンと居座るだけに実に寂しい光景だった。
その玉座から立ち上がり、ゼイムスは崩れかけたテラスにまで足を運ぶ。
光の明滅はまだ繰り返されていた。
最初は街の外れであったが、時を追うごとにこの城へと近づいている。
白い光にゼイムスはすぐ事態を察した。
「まだ足掻くか、白姫ごときが」
ゼイムスが目配せをすると分厚い刀を持った獣人と、赤い翼の生えた獣人が素早く退室していった。
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「でぃやぁぁぁぁッッッ」
シオリを知る者が見たら驚いたかも知れない。
彼女がこれほどの剣気をほとばしらせ相手を吹き飛ばすとは、と。
「ハァッ!」
光の剣は獣人を薙ぎ払うたびに眩い閃光を発していた。
一振りごとに数匹の獣人が吹き飛ばされる。
まさに無限に沸くかのごとき獣人を右へ左へと斬り払いながら王城ノーサンブリア目指してひた走る。
その後ろをケイマンとウンディーネたちが続く。
「なかなかの無双ぶりじゃな。ワシの助けはいらんかったか」
そのとき建物の屋根の上からシオリの背中めがけて襲い掛かる獣人がいた。
ケイマンはようやく出番だと両肘から腕内に仕込んだ刀を出して斬りかかる。
「駄目ッ」
その動きに気付いたシオリが急停止してケイマンの刀を光の剣で受け止め、襲い掛かった獣人の爪は間一髪で受け流した。
とはいえ白いスーツから露出した右肩にかすり傷ができている。
「なんじゃ? なぜ止める」
「獣人は殺さないで。彼らは獣化させられた人間だから」
「おヌシも斬り捨てておったじゃろう」
「殺していないわ。光の衝撃で失神させているだけ。あとでみんなを元に戻すために」
「それなら今戻してやったらどうじゃ? 失神してるうちにのう」
「いま戻れば他の獣人に襲われる。戻すのはすべてが終わった後」
「最後までひとりで戦い抜く気か」
「ケイマンさんがいるよ」
「戦おうとしたらおヌシがワシの刀を止めたんじゃろうが」
「あら、武芸百般だって聞いてるよ? 斬らずに相手を止めるぐらいできるでしょ?」
「カッ、誰から聞いた」
ケイマンの視界に飛び掛かる獣人の姿が目に入った。
刀をしまったケイマンが巧みに指を蠢かす。
とたんに獣人が全身を縛られたかのように身動きを止めて這いつくばる。
「久しぶりに糸を使うたわい」
感慨深げに再生された手指を動かして見せる。
少しだけ微笑むとシオリは再び走り出した。
閃光をいくつも瞬かせる。
ケイマンが糸を使い獣人を行動不能にしていく。
ウンディーネが水を飛ばし獣人の目をくらませたり怯ませたりしてくれる。
「もうすぐ城じゃ」
ケイマンが叫ぶ。
王城前の広場へと差し掛かっていた。
「ッ!」
ケイマンが自分の腕を見てそっと着流しの裾へ忍ばせる。
黒いシミが腕に広がりわずかに生えた剛毛が目についた。
「終わりは近いか」
「どうかしましたか?」
ウンディーネが心配そうに尋ねてきた。
「なんもないわい」
ぶっきらぼうにそう答えた。
「また来ます!」
別のウンディーネが次の獣人の群れを指し示した。
「あれは!」
シオリにはすぐにわかった。
今度現れたのはハクニーとダンテ、そしてレッキスを除くシャマン一行が変化した獣人だった。
「くっ」
悲壮な決意を滲ませながらもシオリは走るのを止めなかった。
背中に光り輝く六翼の羽を開き、走るように超低空を滑空する。
「ん? あ奴の持っておるのは……」
ケイマンもそのうちのひとりが持つ得物に目が釘付けになった。
黒い長髪の獣人、おそらくドクターダンテらしい獣人が振るっているのは怪しい輝きを持つ刀だった。
「果心居士! ありゃワシの刀じゃないかッ」
シャマンとウィペットをシオリはまず吹き飛ばした。
その背中にクルペオとメインクーンが飛び掛かる。
羽をはばたかせ急上昇してやり過ごす。
その空中にハクニーが待ち構えていた。
「ごめんね」
謝りつつ空中で軌道を変えるとハクニーを地面に叩き落とす。
他の獣人の群れが飛び上がりシオリに向かうがそのこと如くを叩き落す。
地上に降り立つと刀を閃かせたダンテがシオリに突きかかってきた。
「輝く盾」
シオリを守るように光の盾が一瞬現れ刀を弾く。
「返せ」
弾かれた刀を持つダンテの右腕を蹴り上げケイマンは愛刀を取り戻した。
ブン、ブン!
二度ほど軽く素振りをしてみる。
「ケイマンさん」
「わかっておる。殺さなければよいのじゃろう」
そこからが速かった。
シオリですら目で追うのがやっとだった。
妖刀〈果心居士〉を手にしたケイマンは、水を得た魚の如く、ダンテやシャマンを含めた周囲の獣人を叩きのめしていった。
ケイマン自身、己の快調ぶりに目を見張るほど、思い通りに敵を屠り続けていた。
「カ、カッカッカカ! やはりこれじゃ! この刀じゃ! 手に馴染む! 馴染み具合がこれ以上ないわい」
気付けば動く獣人はほとんど残っていなかった。
「ケ、ケイマンさん!」
「安心せい。みな峰打ちじゃ」
たしかに流れる流血は一滴もなかった。
「多少の打ち身、骨折はあろうがの。これぐらいは覚悟のうちじゃろ」
「もう……」
それでも死んでさえいなければシオリなら治せる。
気を取り直して城へと踏み込もうとした。
そこへ城門が開けられ中から二匹の獣人が歩いて出てきた。
「あ」
シオリの動きが止まる。
ケイマンは事態をすぐに察した。
「やれやれ、仕方ないのう」
シオリの前に立つと新たな二匹の獣人を引き受けることにする。
「おヌシだけ先へ行け。この二人はワシが食い止めてやる」
「でも」
「どうせワシも長くはない。それに虹蛇をどうこうする力もない。それに」
分厚い刀を持つ小柄な獣人と、赤い翼の生えた獣人を睨みつける。
「ワシ以外にこいつらとタメはれる剣士は世界中探してもおりゃせんぞ」
迷いはしたが、シオリは小さくコクンと頷いた。
「行けッ」
羽を広げ、シオリは高い塔の上へと飛び立った。
「お前たちもじゃウンディーネ」
精霊たちをも促しシオリの後を追わせる。
そちらを追撃しようとする赤い獣人をケイマンが制する。
「お前たちの相手はワシじゃ、クァックジャード。それに、水虎将軍のこせがれよ」
二匹がケイマンの方へと剣を向ける。
「カカッ。道に迷った老いぼれには、出来すぎの舞台じゃよ。死ぬにはな」
嬉しそうに老人は刀を手に笑った。
2025年2月23日 挿絵を変更しました




