367 討つために必要なもの
高笑いするゼイムスの頭上には、彼に付き従うように二体の怪物が浮游し、足下には彼に屈するようにマユミが倒れていた。
離れた場所では依然ウシツノがエユペイと死闘を繰り広げている。
剣を構えたタイランは後ろに控えるシオリに振り向くことなく命令を発した。
「シオリ、このままでは埒が明かない。変身しろ」
「タイランさん?」
「マユミが言ったことに賭ける。あの蛇を始末するんだ」
「……わ、わかりました」
虹色の蛇を操作していたマユミが、この蛇こそが黒い雨の元凶だと言っていた。
一連の凶事を止めるには、まずこの雨をどうにかせねばなるまい。
一歩引いたシオリが柄だけになった神器を捧げ持つ。
その様子をゼイムスは鼻で笑う。
「無駄なことだ」
「転身、姫神……ブラン・ラ・ピュセル」
嘲笑するゼイムスを尻目に、シオリは落ち着いた調子で姫神へと姿を変える。
「くっ」
しかしシオリは唇を噛んだ。
自身もマユミのように覚醒した姫神、旧きモノになろうとしたのだ。
しかし結果はいつもと変わらない通常の姿。
シオリ自身、無意識に覚醒できたのがわずかに一度だけ。
どうやれば狙って変われるのか、まだまだ理解できないでいた。
それを悟ったゼイムスは面白くなさげに吐き捨てる。
「フン、知っているぞ。それはいわゆる通常態だろう。覚醒したマユミも、暴走した銀姫も我が内にある今、貴様程度とるに足らんわ、白姫よ!」
「ッ……」
まさに見透かされたシオリは心が怖気づくのを意識した。
「そんなことはない。お前はシオリ殿を知らなすぎる」
そのシオリの肩にポン、と手を置き隣に立ったのはウシツノだった。
「ウシツノ……」
「シオリ殿をそこらの姫神と同じに思わないことだな」
「カエルぅ、エユペイはどうした?」
視線を巡らすと離れた位置に両ひざをついたエユペイがいた。
白いスーツの腹部が赤く染まっている。
ピシャァッ
ウシツノが刀の返り血を振り払った。
「チッ! 役立たずめ」
「そう言うな。お前の安否を気にしながらオレと闘ってたんだ。あいつは護衛として雇ってたんだろ?」
タイランの横に並び立ち、刀を構えたウシツノをゼイムスが睨みつける。
「もう必要ないッ」
「それはそうだろうな。暗殺を仕掛ける政敵どころか、人々を根絶やしにしようとしてるんだ。誰もいない王国で、お前はいったい何に権威を振りかざすつもりでいたんだ?」
「黙れクァックジャードォォ、そのくちばしを今すぐ削ぎ落としてくれようか!」
「やってみろ」
シオリの前でウシツノとタイランが剣を構えた。
「シオリ、お前はとにかく蛇を討て。それ以外はオレとウシツノが抑える」
「でも、ゼイムスだけでも強いのに、銀姫まで」
「そっちはゼイムスを仕留めれば解決だろう。へ、蛇に比べれば、どうってことないさ」
一瞬ヘビと発音するときにウシツノの声がどもった。
「克服できたか」
「これ以上カッコワルイところは見せられませんから」
「フッ、行くぞッ」
ウシツノとタイランが果敢にもゼイムスに斬りかかる。
「来い!」
両手をあげて迎え撃つ格好のゼイムスに二人が迫った瞬間、頭上の銀姫から多数の槍状の突起が降り始める。
ズガ、ズガ、ズガッ!
と、勢いよく床を突き刺す槍襖を掻い潜る。
かわしきれないタイランへの槍をウシツノが刀で弾き、ウシツノを狙う槍をタイランが剣の柄頭で叩き逸らす。
お互いをカバーし合いつつ、ゼイムスに接近した二人が両サイドから同時に横薙ぎをいれる。
「フンッ」
ゼイムスはそれぞれを手のひらで受け止めた。
「莫迦め」
ほとばしる波動が二人を吹き飛ばす。
「何人で来ようが同じことだ! このオレを……ッ」
のたまう嘲りが反応を遅らせた。
猛スピードで接近していたシオリがゼイムスに光の剣を振り下ろしていたのだ。
「くッ」
一瞬動揺したゼイムスだったが、顔の上に交差した腕が防御に辛うじて間に合った。
「いかな剣であろうとも、この鎧は防いでくれる!」
しかしその時、忽然とシオリの剣がかき消えた。
「ッ!」
弾くはずの刃が消え、防御した腕をあざ笑うかのように柄だけとなった剣が通過する。
途端、再び柄から光がほとばしり、刃となってゼイムスの鳩尾を突き抜けた。
「ぐは、ばかな……お前、は、エインガナを……」
「そうですよ。蛇を討つためにあなたの箱が必要だと思ったんです。なにかおかしいですか?」
「おの、れぃ」
光の刃が消え去るとゼイムスが膝をついた。
「箱よ。パンツァー・ドラグーンよ。戻って」
シオリの呼び掛けにゼイムスが纏う鎧が反応する。
鎧がゼイムスの身体から剥がれると、元の小箱となってシオリの手の中に落ち着いた。
「ヒカリさんの神器、返してもらいましたよ」
憎々し気にシオリを見るゼイムス。
それでもなお、雨は容赦なく、全員の身体を強く打ち付けていた。




