365 雨の中
あまりにも巨大な虹色の蛇。
その蛇を前にウシツノの身体が硬直する。
歯を食いしばり、脂汗をダラダラと流し、真っ青な顔で今にも気を失いそうである。
端から見ても気の毒なほどに、その様子はありありとわかる。
「あ」
シオリにはすぐにピンときた。
出会って間もないころ、魔女の幻覚で蛇に絡まれたときと同じだった。
「カエルにとっての天敵か」
タイランにも理解できたようだが、これはそういった範疇を越えている。
「あんなデカイ怪物、どう対処すればいいのか」
多少剣で斬ったところで致命傷になどなるまい。
「莫迦め。対処も何もない。エインガナからすればお前らなど、虫けら以下も同然だ」
ゼイムスの嘲りに決心がついた。
「ならば!」
即断したタイランが剣を突き出しゼイムスに斬りかかる。
「ハッ! 何のつもりだ! オレに向かってどうする!」
「箱を奪う! それ以外にあの蛇を、鎮める可能性が思い当たらん」
「可能性などないッ」
剣檄を防御するゼイムスが嘲笑う。
その時にミシ、と軋む気配がすると、天井から屋根の一部が崩れ落ちた。
蛇の巨体が王宮の外壁を掠めたらしい。
「いいのかゼイムス? お前も死ぬぞ?」
「切り替えの速さといい、オレへの揺さぶりといい、赤い鳥よ、お前はなかなかに絶望に抗うのだな」
イラつきを隠さずゼイムスもタイランに応戦する。
すると今度はズズン、と先程よりも大きな衝撃が響いた。
思わず全員足元がふらつくほどだ。
「今のは……」
「タイランさん、あれ!」
シオリの注意が新たな驚異の出現を知らせる。
「大きな銀色の塊が蛇を攻撃してます!」
「なにッ」
新たに別の巨体がこの宙域に現れたのだ。
それは銀色に輝く巨大な球体だった。
「まさか」
タイランには思い当たる節があった。
「銀姫ですよ!」
シオリの答えもまさしく同じであった。
そこに現れたのはウラプールから暴走したまま飛び去った姫神、銀姫のナナだ。
今や全身を鏡面処理された完全なる巨大な球体で、外見上はまるで生物の体をなしていない。
家一軒分ほどもある大きさで、前後も左右も区分がない。
その銀姫が黒い豪雨を弾き、伝い流れさせながら現れたのだ。
その銀姫である球体が形をグニグニと変化させ始める。
瞬く間に長く太い縄のようになると王宮にとぐろを巻く虹蛇に激突した。
先程と似たような衝撃が響く。
攻撃を受けた虹蛇の鱗には痛々しい裂傷が出来ている。
「銀姫が蛇を攻撃しているのか」
「怪物同士、引き付けあったのか」
タイランとエユペイの考察の間も銀姫は執拗に攻撃を続ける。
業を煮やしたらしい虹蛇も動き出す。
真っ向から二体の巨大な化け物同士が向かい合う。
奇しくも両者ともに形状は長い胴体をくねらせる、巨大な蛇そのものだ。
オォオオオオオオオオオオン……
ヒィィイイイイイイイイイイン
虹蛇の咆哮と銀姫の響音が衝突する。
雨の宙空で二つの一本が、お互いに敵意を剥き出しにしていた。
「こんなデカブツ同士の争いに巻き込まれてはひとたまりもない」
タイランが方針を撤回し退却を決め込む。
シオリの手を引き、ウシツノの頬を張り目を覚まさせる。
「ハッッッ! タイラン……さん」
「目が覚めたか? 一旦退くぞ。ここにいては危険だ」
「え! でも」
その時またしても大きな地響きと共に天井の一部が崩落してきた。
「あの蛇も銀姫も周囲のことなどお構いなしに暴れるだろう。残念だが、ヒトの出る幕ではない」
「銀姫ッ?」
ウシツノの目にも銀色の変化する物体が視認できたようだ。
「待て! そう気ままに会いに来たり逃げようとしたり、させるとでも思ったか」
三人の退路を阻むようにエユペイが立ちふさがる。
「エユペイ、貴様も無事ではおれぬぞ」
「オレはオレのルールに従う。お前らは殺す」
「チッ」
再びエユペイが襲い掛かってきた。
その攻撃をウシツノが防ぐ。
「タイランさん、シオリ殿を連れて行ってください! ここはオレが」
「しかし……」
躊躇するタイランとシオリだったが、その時ついに天井が吹き飛び黒い雨を防ぐものが何一つなくなってしまった。
虹蛇と銀姫が激しくぶつかり合っているのだ。
「雨だ!」
「いかん! 下がれウシツノ」
「ウシツノッ」
タイランとシオリが叫ぶがエユペイの攻撃をしのぐのに集中するウシツノの耳にまでは届かない。
ウシツノもエユペイも目の前の相手との攻防に集中しすぎて全身を濡らす雨に気が入っていなかった。
「ウシツノォッ」
シオリの絶叫を二体の巨体による激突音がかき消していた。




