362 煽り上手
ウシツノの刀を拳で弾いた男がゼイムスの前に仁王立ちする。
「お前、なんで邪魔するんだよ!」
「彼は雇用主だ。この為にオレは雇われている」
スッと戦闘態勢で構える。
「こんな状況でなに言ってるんだ。お前だって獣にされるぞ」
「貴様がどう思おうが関係ない。職を全うする。オレのポリシーだ」
シュッ!
「ッ!」
スパァァン!
一瞬、星が見えた。
男の拳による打撃がウシツノの顔面にヒットする。
見えなかった。
ツゥッと口の端から血が流れる。
「龍爪」
面喰ったウシツノは立て続けに鉤爪のような両拳に顔面を叩かれる。
「クソッ! 拳法か」
闇雲に打ち払ったウシツノの刀を飛び上がってかわすと、男は両手を羽のように広げ頭上で叩きつけるような二段蹴りを繰り出す。
「天蹄」
ドン! ドン! といななく馬の如く重く響く蹴りにガードしながらも数歩よろめかされる。
「く、変な技使いやがって……」
ペースを握られ完全に後手に回ったウシツノが少し間合いを開ける。
「ドラゴン、そしてペガサス。あれは五形拳だ。それも伝説獣の」
隣に立ったタイランが男の技を見抜いた。
「なんですそれ? タイランさん」
「伝説の幻獣を模した拳法だ。この技の使い手として最も有名なのは、エユペイという男」
「エユペイ?」
「殺し屋だ」
目の前の白スーツの男がエユペイだった。
盗賊都市の裏社会で名を馳せる殺し屋である。
「ゼイムスの護衛に雇われていたとはな」
「理解したのなら問答は不要だな」
タイランの態度にこれ以上の説明は不要と、再び構えをとるエユペイ。
「ウシツノ、あの男は任せるぞ」
「タイランさん」
「オレは後ろでふんぞり返るゼイムスをやる」
ピク、とエユペイの片眉がつり上がる。
「聞き捨てならんな。させんよ、赤い鳥よ。何人だろうがオレひとりで止める」
「それこそ聞き捨てならない。ウシツノを甘く見るなよ。正面から対峙して殺し屋程度が敵う相手ではない」
「舐めた口をッ」
エユペイの拳がまた消えた。
風を切り裂く手刀がタイランを襲う。
ガンッ!
「ムッ」
その手刀はタイランの顔前で止められていた。
止めたのはウシツノの腕だった。
エユペイの手首を強く握り潰す。
「お前の相手はオレだと言われたろ」
「カエルごときがッ」
エユペイの右足が轟ッと唸りを上げる。
「龍円舞ッ」
ドラゴンによる尾の一撃をほうふつさせる鋭い蹴りだ。
その蹴りを跳び上がってかわすと、ガンッ、とエユペイの顔面を足蹴にしてウシツノは距離をとる。
「グッ、貴様ァ」
「さっきの手刀、ブッた斬らずにわざわざ素手で止めてやったんだ。これ以上恥の上塗りはよすんだな」
「ベッ、舐めた口をッ」
口から血の塊を吐き出すと、激怒したエユペイがウシツノに襲い掛かる。
すでに彼の視界には憎たらしい口を利くカエルしか映らない。
「相手を挑発するのが上手くなったな、ウシツノめ」
「タイランさんに似てきたんだと思いますけど……」
タイランが敵を煽るシーンをシオリは幾度となく見てきた気がした。
「と、とにかく、シオリは下がっていろ」
「はい」
剣を抜いたタイランがゼイムスの前に出る。
離れすぎない後方でシオリが控える。
タイランの抜いた剣を見てゼイムスがわずかに興味をそそられる。
「その剣、神器か」
「神剣ククロセアトロ。エスメラルダの女王より賜ったものだ」
「ではサキュラ教の……。二千年も前の剣か。現存していたとはな」
「この剣を知っているのか?」
薄い桃色の煌めく刀身がゼイムスの蒼白い顔を写し出す。
「昔、長に聞いたことを思い出した。あの国も姫神を信奉して建てられた国だと」
「エスメラルダが?」
「桃姫……サクラとか言ったかな」
タイランだけでなく、シオリも神剣を見つめてしまう。
「が、そんなことは今は関係ない」
ゼイムスが玉座から重い腰を上げる。
「神器が相手となればこちらも相応の手で相手せねばな」
懐から青く輝く小箱を取り出した。
「パンドゥラの箱!」
シオリが緊張した面持ちで見つめるなか、フフ、と弱々しい笑みを浮かべると、ゼイムスは迷わずにその箱の蓋を開封した。




