361 決戦、王の間
「こいつはあの剣聖といつも共にしていた役人だな」
もっともエッセルを覚えていたのはタイランだった。
シオリはともかくウシツノは面と向かい合うのは初めてなので仕方ない。
「その役人が、こんな所にひとりで何してるんだ?」
「わ、わたしは伝令です! 救援を求めて北へ向かうところだったのです!」
ウシツノの疑問にエッセルは咄嗟の嘘をついた。
「救援?」
「どうして北なんだ? 東のネアンへ行けばレーム皇子がいるじゃないか?」
「そ、それは……」
首をひねるシオリとウシツノをなんとか誤魔化そうとエッセルが口を開いた瞬間、
「いや、そもそもそれならば早馬を走らせられる者が行くはずだ。護衛もつけずに役人がひとりで、とはおかしい」
タイランに痛いところを突かれた。
(くっ、このクァックジャードは本当にやりにくい)
エッセルは努めて本心が顔に表れないようにした。
なんとかこの場をやり過ごしたい。
欲を言えばこいつらを利用して安全圏までの護衛に仕立てたいとまで考えていた。
「ネアンへは別の者が行きました。私は北へ任ぜられたのです! 今は人手が足りず、それほどに緊急だということなんですよ」
「なるほど」
ウシツノは合点がいったような顔をしている。
(しめた! このカエルはバカそうです)
与しやすしと見てエッセルはウシツノに懇願する。
「そこで不躾ではあるのですが、私を北へ連れていってはくれぬか? もちろん報酬は後で払う」
「わるいがオレたちはカレドニアに用があるんだ」
「はあ?」
「城へ行く。だから北へは行けない」
「なんですって?」
(バカですかコイツは? 今さら城へ行ってどうなるというのです? ま、まあいい。どうにか出来るならしてもらえばいいだけのこと)
「そうですか。では私はこれで。さ、先を急ぐので」
そそくさとエッセルは駆け出す。
「おい、歩いていくのか!」
「お構い無く~」
逃げるようにエッセルの影は小さくなっていく。
「行っちゃったね」
「いいのかな、このまま放っといて」
「かまわんだろう」
ウシツノの心配をよそに、タイランは全く気にしてないようだ。
「奴はおそらく逃げる途中だったんだろう。気にする必要はない」
「逃げ……ってあいつ民をおいて自分だけ?」
「ひどい」
「そんな奴もいる。いちいち気にかけていては疲れるぞ」
ウシツノの正義感とシオリの純真さはかけがえのないものだが、そんなものとは無縁の連中もまた多い。
「……偉そうにしていて、なんて奴だ」
「因果応報というだろ。そのうち身に染みることもあるさ。しかし、これで決まりだな。城はすでに落ちている」
あのような者が何もかもをかなぐり捨てて逃げ出すほどだ。
「ええ。でも今さら臆したりはしませんよ」
ウシツノが刀を握り締める。
「むしろわかりやすくていい」
「そうだな」
三人はそろって歩きだした。
壊れた門をくぐり、静かな目抜き通りを抜け、誰もいない王城前までやってくる。
「いっぱいいる」
勘のいいシオリが呟く。
「こっちをジッとうかがってるみたい」
「大勢が物陰に潜んでいるな」
「襲ってこないのは何でだろう?」
たくさんの獣人がいる気配がする。
しかし姿を隠したまま出てこようとしない。
「歓迎してくれてるようだな。ゼイムスは我らを」
タイランはそう言うが、要するにゼイムスはしっかりと獣の統制がとれているということだ。
「こっちにとっても都合がいいです。無駄に戦わずに済む。行きましょう」
シオリの決意も固まっていた。
城門を通り謁見の間を目指した。
城の内部も静まり返り、邪魔をする者はいない。
すんなりと謁見の間へとたどり着いてしまった。
玉座にはふんぞり返るゼイムスがいた。
周りには誰もいない。
カッ。
いや、いた。
いつの間にか背後にひとり立っている。
ここまで気配を絶っていたのだ。
白いスーツ姿の壮年の男。
雰囲気は物静かだが、修羅場を潜り抜けてきた鬼の気迫がにじみ出ている。
しかし臆すことなくウシツノはゼイムスに一歩近づいた。
「護衛はひとりだけか? せっかく王様になれたのに寂しいな」
「烏合の衆など要らぬ」
「嘘言うな。無理やりに友達増やしてるじゃないか。国中のみんなの獣化を解け」
「はっはっはっ」
ゼイムスの低い笑い声が響く。
「するわけないだろう」
「なら力ずくだ」
ウシツノが抜刀してゼイムスに飛び掛かった。
そのウシツノに横合いから背後にいた男が拳を見舞う。
「ツゥッ!」
「彼は雇い主だ。手出しは許さん」
白いスーツの男、エユペイが静かに立ちはだかった。




