356 光の剣
剣閃が獣人たちを怯ませた。
間合いの外までピリピリとした刺激が肌で感じられた。
しかしシオリはすぐに不十分だと痛感する。
理由はわかっていた。
「剣が変わってないッ」
通常姫神は変身すると同時に自身の神器も形状が変化する。
シオリのシャイニング・フォースなら弓形になるし、マユミのハイドライドは鞭の本数が増える。
だが借り受けた金姫の大剣は変身後もなにも変化がなかった。
「金姫の力は金姫だけのものなんだ」
しかしそれで落ち込む必要はない。
そもそも変身できただけでもありがたい話だ。
それにいつもと違う力を感じている。
魔力だ。
魔力がいつもより漲っているのを強く感じる。
金姫は魔力に特化している。
その恩恵が少なからずシオリにももたらされているようだ。
ここで不思議な現象が起こった。
シオリの転身を見てシャマンらしき獣人とメインクーンらしき獣人の二匹が退却に転じたのだ。
「待てッ」
力の差を感じ取ったのか、事前にそう命令されていたのか。
とにかくウシツノの制止する声も聞かず、二人が一目散に撤退し始めた。
「シオリ殿ッ」
しかし、ここで不思議だと言ったのが、シオリの前にいたレッキスだけは引き下がらなかったからだ。
今も執拗にシオリに飛び掛かる。
だがそれは攻撃を加えるというよりも、シオリの持つ大剣を奪おうと、そういう姿勢に見てとれた。
一旦間合いが離れた瞬間、シオリはその大剣を手放す。
背後の地面に突き立てたのだ。
そして今一度、柄だけになった自身の神器を取り出した。
それだけではない。
今度は反対の手に、折れた神器の刀身部分を取り出し握りしめたのだ。
そんなことはお構いなしとレッキスらしき獣人は正面からシオリに飛び掛かる。
「シオリ殿ッ! 防御するんだ!」
ウシツノの声は聞こえていたが、シオリには別の考えがあった。
さっき咄嗟に閃いたのだ。
できる――
できないはずがない――ッ!
「光れッ」
手にした刃が光の粒子となって霧散する。
そしてシオリの持つ柄部分に光が収束すると、光の粒子は寄り集まり、柄部分から伸びる新たな刃となる。
「光の……剣」
眩く輝く光る刃が静かに瞬く。
「でぇいッ」
その光の剣を振りかぶり、一閃する。
眩い光の刃が光線となってレッキスを撃ち抜き斬り飛ばす。
レッキスの身体は大きく吹き飛びウシツノの正面にまで転がってきた。
「そのまま抑えてて!」
シオリが追い討ちをかけるように向かってくる。
よろめきながら立ち上がるレッキスをウシツノは言われた通り後ろから羽交い絞めにする。
「魂の解放」
剣を振ることで溢れ出た強烈な光がレッキスの体を縦に走った。
光に衝撃が生まれる。
ウシツノはレッキスの体を抱えたまま地面を転がった。
眩しくて目がくらんでいた。
「う、うう……ん」
自分に覆いかぶさるように気絶しているレッキスの口からうめき声と熱い吐息が漏れた。
恐る恐る、眩しさから復帰したウシツノはゆっくりと目を開けて抱えた者を確認する。
「レッキス! 元に、元に戻ってる!」
獣化し自意識のなかったレッキスの姿は元の兎耳族の拳法家に戻っていた。
「シオリ殿!」
シオリはと言うと、手にした新たな神器をしげしげと見つめ、そしておそらく自分の意思で、光の刃を消していたところだった。
光る刀身は消え失せ、また柄部分だけになっている。
「アハッ。刃を自由に出し入れできるようになっちゃった」
柄だけの神器をウシツノに見せびらかすように突き出して見せる。
「すごかったな。シオリ殿、またレベルアップしたのか?」
「さあ? ステータスとかが見れるゲームじゃないんだし」
「?」
まあウシツノには意味は通じないだろう。
「で、どうしよう?」
シオリが今後を窺う。
さっきまでネアンに行っても無意味だとウシツノが言っていたことの続きのようだ。
「ゼイムスらしき人が獣人をいっぱい連れてカレドニアへ向かったよ」
「ああ、ハクニーたちが心配だな」
「でもマユミさんはネアンへ行っててって。ネアンに行かないと別れ別れになっちゃうよ」
「そうだな。ネアンに行けばアカメもいるし、他にも戦力があるかもしれない」
「シャマンさんとメインクーンさんはどっちに行ったか覚えてる?」
「カレドニアだ。ゼイムスの部下になってしまったのかな」
「レッキスさんが目を覚ましたら何かわかるかもしれないね」
「そうだが、いつ目覚めるか……気絶したコイツを連れてカレドニアへ戻るのも危険だ。また獣化するかもしれない」
シオリが治せても黒い雨が降る地域ではまたぶり返すだけだろう。
かといってこんな平原にレッキスだけを置いていけるわけがない。
「やはり、アカメに頼る以外ないか」
苦渋の決断のように見えた。
「頼ることは悪いことじゃないよ」
「そうだな……」
レッキスを背におぶり、ウシツノは納得したように頷いて見せる。
「よし、急いでネアンへ行こう。対策を立て、態勢を整えるんだ」
「待って! ウシツノ、あれ!」
またしてもシオリがウシツノの肩を叩いて空を指し示した。
「なに、あれ?」
「ん?」
それは空をゆっくりと飛行する巨大な球体だった。
生物のようには見えない。
巨大な金属の一塊がうねるような身動ぎを繰り返しながら空を飛んでいた。
「あれは、いったい」
「見て! あの銀色の塊の前を誰か飛んでる」
「あれは!」
二人ともすぐに正体を察した。
巨大な飛行物体に追われるように、赤い鳥がふらふらと飛翔していたのだ。
「タイランさんだ! 落ちるぞ」
銀色の塊からものすごい速さで突出した角がタイランをかすめた。
そのままタイランはきりもみ状態で平原の向こうへと墜落してしまった。




