355 土飢王貴〈ライドウ〉
三匹の獣人がにじり寄ってくる。
ウシツノは背中にシオリをかばい刀を抜いた。
油断なく相手を観察して気が付く。
「こいつらもしかして、シャマンとレッキス、メインクーンじゃないか?」
確かに目の前の三匹は仲間の三人に背格好が似ていた。
中でも戦闘の構えをとった細身の一匹が目につく。
「間違いない! あの構え方はレッキスのそれだッ」
その獣人が飛び掛かってきた。
躍り掛かる獣人の攻撃を間一髪でかわす。
ウシツノの頬が掠めた爪で裂かれる。
「クッ、速いッ」
レッキスの攻撃速度は見知っていた。
しかし今の攻撃はそのスピードを上回る。
「わっ」
背後から来たメインクーンらしき獣人の攻撃を避ける。
間一髪だった。
音も気配も殺していた。
「危ないウシツノ!」
ドッ!
一番身体のデカい獣人のパンチを両腕でガードする。
「……ッ!」
ガードした両腕に強烈な衝撃を感じた。
折れたかもしれない。
ウシツノの身体は勢いよく後方に吹っ飛ばされた。
「ウシツノッ」
「大丈夫だ」
数度反転して起き上がる。
わずかにウシツノの腕が光っている。
シオリから分け与えられた癒しの力で痛みを緩和する。
姫神のアサインメントは信頼する者に自分の能力の下位互換を与えることが出来る。
ウシツノは自己に限り傷を癒す能力を少なからず使えたのだ。
そのウシツノにシャマンとメインクーンらしき二匹が、シオリにはレッキスらしき獣人が迫った。
「ヤバい! シオリ殿」
「わぁっ」
レッキスの攻撃を必死に避けるシオリ。
慌てて懐から剣の柄部分だけになった神器シャイニング・フォースを取り出す。
本来は長く美しい長剣であるはずが、今は刀身がポッキリと折れ、柄しかない。
刀身は以前、マユミによって折られたままだった。
「て、転身! 姫神ッ」
柄を握りいつものように姫神になろうとする。
しかし神器は何の反応も示そうとしない。
「やっぱりダメか」
折れた神器を直すのにはそれなりの力がいる。
そのため姫神に変身したかったが、折れた神器では姫神になれなかったのだ。
元姫神であるバンに相談するも「そのうち再生するデシ」と、やや楽観的であった。
とはいえそう言うならと気長に待つつもりであったが、しかしそれもこの黒い雨の驚異が訪れる前のこと。
今となってはもっと必死にこの問題に対処すべきだったと後悔する。
「逃げろシオリ殿! ネアンまで走るんだ」
「無理だよ! 何十キロあると思って」
ウシツノはすぐにシオリのカバーに向かいたかった。
だがシャマンらしき獣人とメインクーンらしき獣人のコンビネーションはおいそれと攻略できそうにない。
何よりこちらから下手に攻撃して取り返しのつかないことにでもなれば……。
自然、防戦一方に陥ることになる。
「クソッ! ついさっきシオリ殿を守ると誓ったばかりだってのに!」
姫神になれないシオリは多少の癒し能力を持つが運動神経は並みの人間と変わらない。
「グアァァァァァァァァァッァアア」
咆哮と共に迫るレッキスにおののいたシオリの次の行動は無意識であった。
身を守ろうと背中に背負った別の剣を引き抜いていたのだ。
使いなれた細く長い剣ではない。
武骨だが黄金に輝く大剣だった。
盾のようにその大剣を捧げ持ったシオリを直前にして、レッキスの攻撃が止まった。
それはとても見覚えのある剣だったのだ。
「グ、ア、ア……ミナ、ミ……」
「転身! 姫神!」
咄嗟の判断だった。
シオリの全身からまばゆい白光がほとばしる。
目のくらんだ獣人たちの動きが止まる。
「お、おおッ」
ウシツノの目の前で、白姫ブラン・ラ・ピュセルに変身したシオリがそこに立っていた。
「できたァ!」
シオリに会心の笑みが沸く。
「変身、できるのか。別の神器でも」
ウシツノも驚いていた。
シオリが手にしていたのは金姫ミナミの神器土飢王貴。
ずっとレッキスが大事に保管していたものだ。
「持っていってくれ。寝たきりの我らよりきっと役に立つ」
出発前クルペオに託されたのだ。
その剣を見たレッキスの動きが止まり、シオリが変身までやってのけた。
「ナイス判断だった、クルペオ殿!」
「姫神にさえなれば!」
黄金の大剣ライドウを振りかざす。
広い平原を斬撃の波動が薙いだ。




