351 戦慄の出会い
外は変わらず黒い雨が降り続く。
出発したウシツノ、シオリ、マユミの三人を見送った後、バンは意識を失ったダンテやハクニー、ウィペットにクルペオを寝室に寝かしつけた。
力をだいぶ失ったとはいえ元は姫神。
今しばらくは大丈夫だと思っている。
「いつまでもつかはわからないデシが」
窓辺に立ち雨模様を眺める。
シトシトと降る雨は今日も黒い。
「ッッッ!」
すると突然尻尾が逆立ち全身をゾゾゾ、と悪寒が走り抜けた。
周囲には誰もいない。
差し迫った身の危険を感じる程ではない。
しかし悪寒は不安を覚えるのに十分だった。
「まさか、この狂暴な威圧感は……」
バンは心当たりに行きつき、戦慄した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねぇ! 何処へ行くの?」
マユミが先頭を歩くウシツノに問いかける。
雨は小降りとはいえ恐怖を誘う雨だ。
ただ歩くだけでも緊張がぬぐえない。
三人とも油を塗った外套を頭まですっぽりと被り、大きめの傘まで差している。
「街を出る。東のネアンに行こう! ミゾレ殿がいるし、アカメもいるはずだ!」
「そ。向こうは降ってないといいね」
納得したマユミが後ろをついて歩いた。
町中が静けさに包まれている。
昨日まではそれでも買い物客や外で仕事をする人たちがちらほらといた。
それが今日は人っ子ひとり見ない。
考えたくもないが、ほとんどの人が屋内で意識を失っているのかもしれない。
「すみませ~ん」
商店の軒先から中を伺ってみるが、声をかけても返事はなかった。
「タイランさんはどうしてるんだろう」
気を取り直して街の門へと向かう途上、シオリがその話題を取り上げた。
わからない、とウシツノは首を捻る。
「あのね、エスメラルダの女王さまに助けを求めたらどうかな? ギワラさんとも合流できるかもしれないし」
それなら行先は南になる。
しかもハイランド国内から出ることにもなる。
「オレたちが行って会ってもらえるか?」
「どうせ向こうもなにも出来ないんじゃない?」
ウシツノもマユミもあまり賛成ではないようだ。
「とにかくアカメに会いに行こう!」
ウシツノがこれほどまでにアカメの皮肉めいた推論に飢えたことは初めてだった。
考えるのはアカメに任せる。
そう言って剣にかまけていた事を今さらながらに反省している。
三人は再び歩き出した。
ピチャピチャと跳ねる地面の水溜まりにすら神経を使ってしまう。
「ん?」
その行く手に立ちふさがる者がいた。
「どうしたの?」
雨の中、濡れるに任せて仁王立ちする威丈夫がいるのだ。
なぜか道を塞ぎ動こうとしない。
「あんた、この雨は濡れるとヤバイぞ。早くうちへ帰った方が……」
途中で声がでなくなった。
その男は明らかに普通でない。
街ですれ違いがてら挨拶を交わせるような相手ではない。
長く力強い黒髪に鋭い眼光。
毛皮を纏った上半身は鋼をいくつも束ねたかのようなボリュームのある筋肉。
見上げるほどの巨体は人間としては破格の体格の持ち主だ。
そして得物。
背中に担ぐ巨大な鉈は何かの骨を削りだしたかのような、しかしそんな巨大な生物がおいそれといるだろうか。
あんなモノが扱えるのか?
ウシツノの剣士としての勘が警告していた。
こいつと戦ってはならない、と。
「あ、あの……」
恐る恐るシオリが声をかけようとすると、偉丈夫から話し始めた。
「ヒカリはこの雨を無毒化してみせたぞ」
「え?」
「ヒカリ?」
シオリもウシツノも一瞬キョトンとする。
「ヒ、ヒカリさん! ヒカリさんのこと?」
そしてすぐにシオリが反応した。
シオリの知っているヒカリと言えばひとりしかいない。
夢に何度も見た。
夢で何度も会話した。
「どうしてヒカリさんのこと……そういえば、あなた見覚えが」
シオリも声が震えるのを自覚していた。
まっすぐ偉丈夫の顔を見られない。
「まずはこの雨をどうにかすることだ。出来なければこの国ごと、オレが代わって潰してくれる」
「なんだと!」
「そ、そんなことさせないッ」
息巻くウシツノとシオリを威丈夫がなだめる。
「勘違いするな。すぐには潰さない。オレはこの世界を守っているのだからな」
「貴様、いったい何者だ!」
ウシツノの問いに偉丈夫は答えようとはしなかった。
「ズァ」
しかし横から答えたのはシオリだった。
「ズァだって! こいつが、百獣の蛮神」
「ほう、小娘、知っていたのか」
意外そうにシオリをズァは見つめた。
「夢で見たわ。あなたが、ガトゥリンを倒しヒカリさんを連れ去ったのを」
「カカカッ」
ズァが嗤った。
「懐かしい話だ。よもや千年も前のことを語る相手に恵まれようとは」
「ヒカリさんは! ヒカリさんはどうなったの?」
「フフ、いずれわかる」
踵を返し、立ち去ろうとするズァにウシツノも問いを発した。
「待て! 金姫は! ミナミという名の金姫は無事なんだろうな!」
「それもそのうちわかる。いや、会える、と言うべきか」
それ以上は無理だった。
立ち去る威丈夫を見送ることしか出来なかった。
圧倒されたのだ。
姿が見えなくなるまで三人は立ち尽くしていた。
ウシツノは手のひらが汗ばんでいたことにようやく気が付いていた。
「あれが、ズァかよ」
勝てる気がしなかった。
いや、戦うことすらできそうになかった。
ただひたすらに、怖かったのだ――。




