345 ネアンの守護者
ようやく遠くの視界に見えたネアンの街だが、何やら不穏な空気をミゾレは感じた。
ネアンの新領主であるミゾレ・カナンを伴ったスガーラ率いる二百騎の星屑隊は、はぐれた翡翠の星騎士団を探し求め、ハイランドの東部に位置するこの城塞都市ネアンにまでたどり着いたところだった。
「街が、襲われています!」
「襲っているのはバル・カーンです! それもかなりの数」
「なんですって!」
先行した騎士の報告にスガーラは耳を疑った。
バル・カーンを意図的に操っていたランダメリア教団は壊滅した。
野生に戻った獣がなおも人間の街を襲うなんて考えられなかった。
「とにかく急ぎましょう」
ミゾレに促され星屑隊は一気に丘を駆け降りた。
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その星屑隊が街に着くころには戦闘はほぼ終結していた。
最後の一匹と思われる有翼の魔獣フリューゲルを斬り落とした赤い鳥の騎士がミゾレの前に降り立つ。
その赤い騎士をミゾレはよく覚えていた。
「タイランさま! タイランさまではありませんか!」
「久しいな、ミゾレ殿。その節は世話になった」
病に伏したシオリを連れて放浪していた際にネアンで病院の手配をしてくれたのがミゾレだった。
「まさかこのような場所で再会できようとは」
驚くタイランの背中越しに今度はスガーラを呼ぶ声がした。
「スガーラ! スガーラじゃないか」
「あ、あなた方は!」
スガーラも目を見張った。
ミオ、リン、メア、ライム、遠征に参加している翡翠の星騎士団を代表する四人の処女騎士がそこに勢揃いしていた。
「よかった! あなた方がお揃いということは騎士団は無事なんですね?」
「負傷者が多いから戦力は半減しているが」
「それでも多くはこの街にいるぞ」
そう言われると、建物が崩れた町並みに女騎士の姿が多く見てとれた。
どうやら彼女たちもバル・カーンの襲撃に相対していたようだ。
しかし肝心な人が見当たらない。
「ナナさまは何処に?」
スガーラの問いに四人は沈痛な面持ちを見せた。
「行方知れずなんだ」
「ナナさまだけははぐれたままってわけ」
「そんな……」
「襲撃を受けたあの晩、ナナさまのお陰で我等は難を逃れた。しかし」
申し訳なさそうにする四人にスガーラは何も言うことができなかった。
「タイランさまは何故ネアンにいらしたのですか?」
その横でミゾレはタイランに状況の説明をねだっていた。
「それは……」
「もしや、ミゾレさまでは?」
言いかけたタイランの言葉を遮ったのは初老の男だった。
「バンズ! よかったあなたも無事だったのね」
バンズと呼ばれた男はこの街のカトラス小路で診療所を経営していた医者である。
シオリを診察してくれた恩をタイランは忘れずにいた。
「はい。他にも街の者は大勢います。タイランさんに救っていただいたのです」
「タイランさまに?」
「そしてエスメラルダの騎士団にもです」
事態がいまいち飲み込めない。
「タイランさま?」
「オレは大したことはしていない。たまたま道中で彼らを見かけ、ここまで共にしただけだ」
「そんな程度ではない! 平原で難民と化していた私たちをこの街までしっかりと連れてきてくださった。そうしたら」
「先客がいたのだ」
それが翡翠の星騎士団だった。
四人が変わって説明をしてくれる。
「ナナさまにより救われた我等だったが、無傷とはいかなかった」
「そこで体勢を立て直すための拠点としてこの街に流れ着いたの」
「案の定、住民の姿はなくバル・カーンが多く住み着いていたので、まずはそいつらを駆逐したのさ」
「そこへタイラン殿が現れたってわけ」
「ライシカの裏切りは報告を受けていたから、もはやこの国の人たちと戦う必要はないと判断した我等は今日まで身を潜めながらこの街の防衛を買ってでていたのさ」
だいたいのあらましはミゾレとスガーラにもつかめてきた。
ミゾレは四人の騎士の前に立つと深々と頭を下げる。
「私はミゾレ・カナン。前領主オロシ・カナン伯爵の娘です。民を守っていただいたこと、心より感謝いたします」
領主の娘に頭を下げられ、逆に四人も畏まってしまった。
「ところで、私たちはランダメリア教団を壊滅させた後、この地へと来ました。すでに教団の魔獣使いも全滅しているはずです。襲ってきたのはバル・カーンだけですか?」
ミゾレの問いにタイランは頷く。
「奴ら、獣にしては統率がとれた動きをしていたぞ。とても野生に戻ったようには思えなかったが」
「そんな。まだ生き残りがいるのでしょうか」
「それにしてもこの街を襲う戦略的理由はないんじゃないの」
「エスメラルダにも戦う理由はもうないのですしね」
二人の騎士にそう言われるとますます謎と不安が増してくる。
「ここに留まっていては解答は得られんだろう。本来の次期領主に援軍も到着したのだし、オレは仲間のもとへ戻ろうと思う」
「ウシツノさまのことですか?」
「ああ」
「あの方にわたくし救われましたの。もうすぐで教団の生け贄にされるところでしたのよ」
「そうなのか?」
身も凍るような恐怖体験をあっけらかんと話すミゾレ。
「ええ。それとマユミさまに」
「桃姫の洗脳が解けたのか。どうやらあいつも上手くやったようだな」
ウシツノとタイランは見事にアカメに課せられた難しいミッションをクリアーしてのけたのだ。
「ではオレは行く。近いうちにまた会うこともあるだろう」
別れの言葉もそこそこに、タイランは空高く舞い上がった。
「しかし、なにやら不吉な予感がする。ここからならウラプールも近いな」
タイランはカレドニアより少し南に視線を移す。
「行き掛けに様子を見ていくとするか」
そうして赤い翼をはためかせ飛び立った。




