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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第四章 聖女・救国編

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341 黒い雨


「はぁ、はぁ、いけませんトーン皇子! 止めなくてはッ」


 王宮の長い廊下をアカメはひた走る。

 トーンの演説を途中まで見守っていたが、ライシカの登壇をもって懸念が現実のものになった。


「早まってはなりません皇子!」


 しかしもうすぐこの長い廊下を抜け出るという所まで来て、眼前に立ちはだかる者がいた。


「そこで止まりなさい」


 トーン付きの小役人エッセルだった。


「これより処刑が始まります。関係ない者の立ち入りはご遠慮ください」

「私はその処刑をやめさせたいのですよッ」

「必要ありません」

「何故です! 暗殺の真犯人は彼女ではありません! 犯人は……」


 エッセルが口許に人差し指を立てていることに気付き、アカメは口をつぐんだ。


「お利巧です。それ以上は聞かないであげます」


 態度からしてこの男も真相は知っているようだ。


「ならば明らかな冤罪ではないですか! このようなこと……」

「ええ。明らかな冤罪です。それが何か?」


 ピシャリと言い放つエッセルに、アカメは事態を悟った。


「そうか。これはあなたの入れ知恵なんですね」


 ニヤリとほくそ笑むエッセルをアカメは嫌な顔だと思った。


「暗殺犯は彼女じゃないと知っていて、それでなお処刑までするのですか」

「それが一番効果的だからです。大切なのはこの国の未来ですよ。我慢を強いられてきた国民に同じ方向を向かわせる為には犠牲()が必要なのです。できるだけ憎悪を掻き立てられる者ほどいい。まさに彼女は適任です」

「都合よく捕らえたものですね……まさかそれもあなたが?」


 エッセルはその質問には答えなかったがアカメは確信していた。

 トーン皇子が盗賊ギルドと繋がりがあるのは確実。

 その盗賊ギルドはゼイムスと手を組んでいたのだから、共謀者のライシカを手引きすることも出来ただろう。

 ゼイムスを裏切ると決めた盗賊ギルドはライシカと共にいる時を狙ってだまし討ちした。

 おそらくこのエッセルという者が橋渡し役だろう。


「アカメさんといいましたか? あなたもお気づきでしょう? 民意をまとめるなら外に敵を作るほどに容易(たやす)いことはない。ゼイムス様すらしていたことです。王家に対してね」


 それは確かにそうだった。

 アカメがトーンに伝えなかったもうひとつの策こそが、エッセルと同様のアイデアだったのだ。

 しかしアカメはこの策をすぐに却下していた。


「処刑はいきすぎです! ライシカはエスメラルダの要職にいた人物ですよ! 外交問題になる」

「すでに失職しています」

「ならなおさら引き渡すべきです! 本国で罰せられるべきでしょう」

「それではハイランドの威信は保てません。トーン殿下の治世にも悪影響を及ぼす」

「しかし!」

「翡翠の星騎士団が壊滅的なエスメラルダを恐れることはありません。回復するまで数年を要する。我が国(ハイランド)がそうであったように」

「銀姫がいます」

「……」

「彼女の安否は不明です。ですが、姫神がひとりいるだけで戦況は予測不可能に陥る。先の戦で身をもって思い知ったでしょう?」

「……」

「直接的な戦の引き金を起こすようなことは避けるべきです。いいですか、戦争に至る時点で政治の敗北なのです」

「……参考程度には留めておきましょう」


 その時、外からひときわ大きな歓声が聞こえてきた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 さすがのライシカもすっかり生気がなくなっていた。

 しかし断頭台(ギロチン)の前に引きずり出されながらも取り乱すことなく、凛とした表情だけは崩そうとはしなかった。

 頭を押さえつけられ、巨大な刃物の直下に首を据えられる。

 聴衆はみな狂乱の最中にいた。

 平時であればこのような残酷な状況に眉をしかめ、目をそむける者もいただろう。

 だがゼイムスを殺した張本人だと信じる聴衆からは同情も憐憫も一切ない。

 罵詈雑言を浴びせ、屈辱を見舞い、国中の怨嗟がライシカの身に降りかかるようである。


「最期に言い残すことはあるか。聞いてやるぞ」


 腕を組んで見下ろすトーンを睨み、ライシカはここにきてはじめて口を開いた。


「わたくしとて、最初は真に国を憂う者であった。しかし権力は……権力というものは、それを全て呑み込む魔性であった」

「くだらぬ。今になっても自己弁護か」

「これは警告です。私欲に溺れた者の末路、とくと目に焼き付けるがいい! お前の未来そのままであるのだからな」

「ふん! オレは貴様とは違う。やれ」


 トーンの合図でギロチンが降ろされた。


(これまでか)


 ライシカは死を覚悟した。

 あと数秒、数瞬の後、首が飛ぶ。

 その時までの一瞬は、なかなかにゆっくりと流れた。

 死の直前に訪れるという時間の変異か。

 真実は不明だが、そのために異変に気が付くことができた。

 目の前に彼が立っているのだ。

 美しく、聡明で、力強くあったゼイムス。


(ゼイムスなのか? そなたは)


 しかしライシカの記憶に残るあの頃のゼイムスは、か細く、秀麗で、弱々しくも(はかな)げであった。


(あの砂糖菓子……気に入ってくれていたのだな)


 遠い記憶と現在の彼がどうしても重ならない。

 今、そこに立つ確かな彼は、やつれ、狂い、そしてなんともみっともなかった。


「あ、あ、あああああ」


 奇声を上げて彼は手にした小箱に指をかけていた。

 留め金を外し、ゆっくりと蓋が開いていく。

 ライシカは開いていく箱に見入った。

 暗闇が見えた気がした。

 首筋に冷たいものが触れた感触があった。


 それ以上は見れなかった――。



 ザドッン!



 刃が討ち振るう音も気にならなかった。

 首は下に置かれた些末な籠の中に落ち、そして狂人は……。


 小箱の蓋を開けたところを大勢が見た。

 確かにそこに男がいたのだ。

 しかしもうそこに男などいはしなかった。

 一瞬で消え去っていた。


「ゼイムス? あれは、ゼイムスだったのか?」


 トーンの疑問に答えを持つ者はいない。

 誰もが狐につままれた気分だった。


「な、なんだったのだ……」


 呆然とするトーンを他所に、離れた場所で愉快そうに笑う影があった。

 カメレオン族の盗賊ギルド幹部ウサンバラであった。

 彼は誰の目にもつかない場所へ移動すると、ようやくこみ上げた笑い声を解放した。


「アッハッハハハハ! 成功です。成功ですよト=モさま。そして良くやりましたよ、チェルシー」


 誰もが怪異を目撃し、そしてその答えを持たなかった。

 熱狂は冷め、一様に不安を覚える。


 その日の夕方、ハイランド中に黒い雨が降りだした。


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