340 断頭台
「あ~、頭ガンガンするんよぉ」
「レッキスは弱いくせに呑みすぎにゃ」
「だってぇ……」
朝方、ダンテの屋敷へと帰ってきたのは五人の亜人冒険者。
すなわちシャマン一行である。
あらかた戦が終わり、バル・カーンの襲撃も一時期に比べ随分と減り、箱を巡る盗賊ギルドとのごたごたも絶えて久しい。
多少の懸念はまだあるが、冒険者である以上そんなものは茶飯事。
よって昨夜は酒場へと繰り出し、ささやかながら五人で酒宴を開いたのだった。
「まさかハイランドに来た当初はここまで騒動に巻き込まれるとは思いもしなかったぜ」
「うむ。しかしおかげでゴルゴダについて謎が解明できそうだ」
「そうじゃのう。あのバンという者に協力を仰ぐべきじゃな」
シャマン、ウィペット、クルペオの会話にレッキスがピン、と兎耳を立てる。
「ついにミナミ救出に行けるん?」
「ああ。掛け合ってみようぜ」
シャマンの一言に元気が出たレッキスは、先頭に立って屋敷の敷地内へと踏み込んだ。
そこへ慌てたハクニーが玄関の扉を開け飛び出してくる。
「あああああ! あんた達! 大変、大変、大変なんだよぉぉぉ」
猛ダッシュしてきたハクニーがシャマンに跳びつき胸倉をつかんだ。
「ぐおっ、苦しいだろ! 何があった」
「なくなったしいなくなったんだよ!」
「何が?」
「箱とゼイムス!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「てことはあれか? ゼイムスから取り戻したパンドゥラの箱と一緒に、そのゼイムスも朝起きたらいなくなってたと」
確認するシャマンにハクニーはうなだれる。
「ゼイムスが目を覚まして出て行ったのか」
ウィペットの推察にダンテは首を振る。
「ひとりで出ていくとは思えん。手引きした奴がいるはずだ」
「警戒してなかったのか?」
「もちろんしていたさ。昨夜は誰の姿も確認していない」
すぐにウシツノが否定した。
「オレは一晩中外で見張りをしていた。あちこち歩きまわり油断もしなかった」
「とはいえこの屋敷は長いこと廃墟だったからのう。入り込もうと思えば容易いだろう」
クルペオの意見に反対したのはメインクーンだった。
「屋敷の周りを見てきたけど、足跡とか一切なかったにゃ」
「じゃあ……」
「あのさ……一個忘れてない?」
レッキスの発言に皆が注目する。
「なんでい?」
「シャマン、あんたが嫌がってたところだよ」
「あッ! 地下通路か!」
この屋敷の地下にある書斎には地下洞への抜け道があり、以前王宮へ向かうのに使ったのだ。
「そこから逆に入られたのか。んで箱も盗まれたと」
「一体誰だ?」
「いや、今は誰かと詮索するよりも、ゼイムスを探すべきだ。容体を聞くにそう遠くへはいけないだろう」
「手引きした奴がいるんだよ?」
「とはいえ国外へ逃げるとも思えん。早くせねば町中が人でごった返すぞ」
「ごった返す? 何かあるのか?」
ウィペットの言葉にウシツノが聞き返す。
「昨夜酒場で耳にした。本日、トーン皇子が大きな発表をするらしい。なるべく多くの聴衆を集めるよう言われてるそうだ」
「なんだそれ? アカメが噛んでるのかな」
「とにかく街へ出て探そうよ」
シオリの意見にバンやマユミを含め全員が頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カレドニアに住む国民が続々と集まる王宮前広場。
老若男女問わず人であふれかえり、騎士団が整理活動を取り仕切っている。
王宮の城門前にトーン皇子が立つための巨大な台があつらえられている。
そこに人々は好奇の目を飛ばす。
高さ三メートルほど、横幅は二十メートルはある巨大なステージの上には十本の柱があり、その柱にそれぞれ一人ずつ、女が縛られていた。
猿轡と目隠しをされ、この異様な状況に戦々恐々としている。
やがてその壇上に、この国の第一皇子であるトーンが現れた。
「静粛に! 国民よ! 我が声に耳を傾けよ! 我はこの国の第一皇子にして、今日今よりこの国の王となるトーン・ウォーレンスである」
ざわざわと聴衆がざわつきだす。
「聞くがいい。父である先王ブロッソ・ウォーレンスは涅槃へと旅立たれた。先のエスメラルダとの戦が原因である。突然の崩御に動揺を隠せぬものと思い、今日まで発表を遅らせた次第だ」
聴衆のざわつきがさざ波のように沸き立つ。
「しかし安心するがいい! ハイランドは今日より、我の手で在りし日の栄光を取り戻す入口に立った」
熱弁を振るうトーンであるが、聴衆の中からゼイムスを推す声が挙がり始める。
その声はやがて大きなうねりとなって広場中を埋め尽くした。
ある程度の予測は立てていたとはいえ、トーンは心底歯ぎしりした。
ここまで彼奴に人気があるとは――。
その嬌声を騎士たちが制止する。
暴動に発展しかねないヤジを飛ばす者には容赦なく鉄拳制裁が見舞われる。
そんな狂乱する聴衆を鎮めたのは、次のトーンの一喝であった。
「ゼイムスは死んだッ! もうこの世にはいないッッッ」
その宣言は不思議なことに聴衆の耳に強く反芻された。
先日の火事に関連したいくつもの噂話は国民の誰もが知る。
その中にはゼイムス皇子の死亡説も流れていた。
「彼は、素晴らしい男であった。先代レンベルグの遺児である彼に、我は喜んで王位を託そうとまで思っていた。だが彼はもういない。いないのだ」
一転、静かな口調で諭すように話すトーン。
広場のところどころでさざめく嗚咽が聞こえだした。
「彼が残してくれたこの国の未来に敬意を表したい。最大の市街戦となった東門広場に彼の銅像を建て、名をゼイムス広場と改める」
いくつか拍手が鳴る。
「彼の遺志を継ぎ、彼に殉じるため、我は王となりし、この国の繁栄を誓う者である」
少しだけ拍手が大きくなる。
釣られるように手を叩く者も増える。
「さて、みなの万感を慮り、我が最初に下すべきは何かと考えた」
少し間をおいてから、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「それは制裁だろう」
その言葉を合図に広場に巨大な台車が搬入される。
その台車には大きな布がかけられたままだったが、数人の手で引かれたそれは高さも重さも重々感じられる。
それと同時にトーンの立つステージにひとりの貴婦人が引き出される。
後ろ手に拘束され、こちらも頭から布袋を被せられている。
「この者は、後ろに拘束された者共と共謀し、我等の大切なゼイムスを暗殺せし者共である!」
聴衆の注目が一斉にトーンの隣に立つ、布を被った貴婦人に集中する。
「これよりこの卑劣な暗殺者どもを公開処刑に処す! みなも怒りや悲しみを存分にぶつけてくれ」
宣言と同時に女と台車の布が取り払われる。
現れたのは憔悴した顔のライシカと、巨大な刃を備えた断頭台であった。




