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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第四章 聖女・救国編

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337 悪魔の立案


 アカメが尋ねた時、トーンは自室にひとりでいた。

 部屋の外側の入り口には護衛の兵が目を光らせているし、召し使いも側に控えているだろう。

 しかしトーンはこの数日、部屋に籠りがちで政務も必要最小限しかこなしていなかった。


(これは無理か?)


 そう思ったアカメだったが、意外にもすんなりとトーンは面会を許可してくれた。

 武器の類を持たないことを確認されると、アカメはひとり、トーンの自室へと招き入れられた。

 想像以上に武骨で質素な部屋だった。

 華美な装飾など一切なく、必要に迫られた家具が申し合わせ程度に置かれただけだった。

 少し大きめのテーブルを前に、トーンは酒をあおっていた。

 その酒杯を机に置くとアカメをギロリと睨み据える。


「安心しろ。素面(シラフ)だ。まるで酔えんのでな」


 確かに酩酊状態とは程遠いようだ。

 なにやら気が昂っているようである。


「お前の入室を許可したのはな、お前がこの国の関係者ではないからだ。カエル族よ」


 アカメはこの時点で確信した。


「殿下。腹の探りあいは性にあいません。単刀直入にお尋ねします。ゼイムス皇子を亡き者にしたのですね?」

「……………………」


 長い沈黙は肯定とする回答だった。


「そうですか。では今後どうすべきかですが……」


 淡々と先に進めようとするアカメにトーンは驚いた。


「貴様はオレを軽蔑せんのか? 非難せんのか?」

「個人的な感情は後回しにしています。今すべきは国民の不安を払拭し、一日も早く正常に戻すべく行動することが肝要かと」

「事務的だな。まるであの子憎(こにく)たらしいエッセルと変わらん」

「はぁ」

「なぜそう割りきれるのだ」

「割りきらねばなりません。それに……」

「……」

「実際のところ、ゼイムス皇子はキナ臭い連中との付き合いが多く、また我を通すための手段を選ばない怖ろしさがありました。かえって自責の念を抑え込もうとされている、トーン殿下の方が王として幾分マシかと存じます」

「フン。幾分、か」


 恐れもせずよう言いおる。

 トーンの評価にアカメは恭しく首を垂れるのみだ。


「それで? お前はオレにどうしろと言うのだ?」


 アカメはまず国の惨状を説いた。

 亜人戦争の敗戦で負った途方もない額の賠償金。

 それによる国民の希望を奪われた三十年。

 エスメラルダの侵攻、バル・カーンの襲撃により落ちた都市群。

 突然の如く帰還した前王の遺児ゼイムスによる奇跡と救済の日々。

 そして彼の死の噂――。

 いま国民を覆う不安と不満は、怒りを伴って王宮に向けられようとしている。

 政治の怠慢と、民衆の明日への不安が我慢ならざる域にまで来ているのだ。

 それを軌道修正する必要がある。

 幸いなことに、ハイランドを覆っていた戦の機運は収束に向かっている。


「そこでまずはブロッソ王の死を公表するべきかと」

「父の死をか」


 ブロッソ王の死は一部の上級貴族間のみ知れ渡っている。

 戦の最中ゆえその死を隠したのだが、それが今となっては猜疑心を生む仇となりつつある。


「王が変わるタイミングとは国が変わる好機であります。人々の意識も変わりましょう」

「それでオレが王になることを告げるのだな」

「いいえ。王位は末子のゼイムス二世殿下にお譲りください」

「なんだと! あれはまだ産まれたばかりの乳飲み子ぞッ」

「国に対し、二心がないことを見せつける為です。彼が成人するまではトーン殿下が摂政となる」

「バカな……」

「王国を取り仕切ることは出来ます。これでご納得いただけますよう」

「オレは、王に……なれぬのか」

「それとですね」

「まだあるのかッ」


 トーンの失望など、アカメは意に介さない。


「ゼイムス皇子に哀悼の意を示し、彼の名を冠する何かを用意してください」

「どういうことだ?」

「たとえば聖都カレドニアという街の名を、聖都ゼイムスにするとか。暦をハイランド暦からゼイムス暦に改めるとか」


 ちなみに今年はハイランド暦でいうと、九九八年。

 アカメはこれをゼイムス暦元年に改めよというのである。


「そんなことが出来るかッ! 我が国の歴史を捻じ曲げるような事……」

「ならばせめて、バル・カーンの猛攻が激しかった東門広場をゼイムス広場とでも名付け、彼の銅像を建立してください。あの広場は彼が国民に対して帰還を告げた最初の場所です。救国の英雄として、誰もが彼を誇りに思えるほどの、立派な像でお願いします」

「……あやつを盛り立てよと申すか? 奴は簒奪者で……」

「私情はお捨てください。とにかく人気のあったゼイムス皇子をこれでもかと英雄に祭り上げるのです。そうして国民の多くの想いを慰めるのです。事実はどうであれ、彼の生き様が国民の生きる希望を湧き起こすはずです。そしてトーン殿下の殊勝なお心遣いを見せること、後々善き政治を行う事、それで誰もがいずれあなた様を認めるところとなるでしょう」

「それで、まとまるのか?」

「殿下は盗賊ギルドとも繋がりがあるのでしょう?」

「……」

「それとなく世論を誘導することは、彼らを上手く使えば可能です。時間はかかろうとも丸く収まります。それが一番の近道です」


 アカメがトーンに伝えられることは今はそれだけだった。

 まずは国全体を覆うムードを変える事。

 具体的な政策や、ゼイムスに加担した貴族などの人員整理はもう少し先の話である。


「わかった。参考にしよう。下がれ」

「はい。では」


 外へ出て、ドアを閉めたアカメは、難しい顔をしていた。

 トーンがこのようなまだるっこしい行動を実践してくれるか。

 彼の器量であればもっと別の、即効性の強い方策を好むであろうとはアカメも理解していた。

 そしてアカメには、そのトーンの喜びそうなアイデアが他にないわけではなかった。


「ですがそれは絶対に出来ません。もうひとつの策、それはまさに悪魔の所業。決して為政者がすべき事ではない」


 出来れば王道を歩んで欲しい。

 それがアカメの切なる願いなのであった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「聞いていたな。今の話、お前はどう思う? エッセル」


 アカメが退室した後、隣室から顔を出したのは、小柄で憎たらしい顔つきをした、小役人のエッセルであった。


「不十分ですね。あれでは潜在的なゼイムス信仰が後々にまで響きます」

「ふむ」

「もっと別の、即効性のある方策がございますが?」

「そんなものが?」

「はい。少々刺激的ではありますがね」


 不敵に笑うエッセルを、トーンは値踏みするような目で見る。 


「お任せいただければ、以前より強固で、そしてトーン殿下が玉座に就くハイランドをご用意できるかと」

「真か! わかった。お前に託す」

「では、先の戦で捕虜とした、翡翠の星騎士団の虜囚、彼女らの処遇を全て私に一任ください。それから……」


 悪魔のような残忍な笑みを浮かべながら、エッセルは立案した計画を話し始めた。


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