332 ゼイムスの野望
当然ながら、トーンも国内外から必要な物資をかき集めるべく奔走した。
武器や食糧、医薬品から生活必需品、そして傭兵から医者から労働者まで、必要に迫られるものをカレドニアへ届けるよう手配した。
しかし残念ながらそれらはほとんど届かなかった。
道中無差別に襲いかかるバル・カーンに阻害されるからである。
「にもかかわらずだ」
トーンは王宮のテラスから町を見下ろしほぞを噛む。
ゼイムスが手配した救援物資だけが、いつも無事に届けられるのだ。
人々は我先にと馬車へ群がり、口々にゼイムスの名を称えている。
「口惜しい! 奴はどこにいった?」
答えられる者はいない。
ゼイムスは数日前から王宮より姿をくらましている。
「どういうことであろうなあ、後輩よ?」
同じ事をレームもアカメに問うていた。
「バル・カーンは魔獣使いに操られています。ゼイムスはランダメリア教団とも繋がりがあるのでしょう」
「それで自分の馬車だけ襲わせないようにしているのか。しかしエスメラルダといい、盗賊ギルドといい、なんとまあ顔の広い男であることか」
「手品の種も明かしてみればいたってシンプルです。しかしこうも丁寧に筋書きをなぞられては、ゼイムス皇子を支持する声はもはや揺るぎがないでしょうね」
「あやつの自作自演ではないか?」
「確かにそうですが、ハイランドにとって蒼狼渓谷のバル・カーンは長らく交通の厄介ごとであったことは事実です。それを自在に操り、かつ敵国である翡翠の星騎士団を壊滅に追いやってます。自ら煽動しておきながらですがね。そして国民に無償で配る救援物資。さらに前王の遺児という期待と持ち帰ったパンドゥラの箱の奇跡の演出。加えてあの美貌もあれば……」
肩をすくめて首を振るアカメにレームまでもほぞを噛む。
「我々は周到に踊らされているということかね」
「トーン殿下はご納得なさらないでしょうがね」
剣を交える前に決着はついていたのだ。
「この戦の落とし処はどうみるね?」
「ゼイムス皇子は世論を盾に現王家の退陣を要求するでしょう。既にバル・カーンを抑えているとあれば、要求を飲みさえすればこの国に一応の平穏が訪れます」
「む、むむう」
「その後はゼイムス皇子次第です。案外善政を敷かれるかもしれませんよ」
「逆の可能性も大いにあるであろう」
今一度アカメは肩をすくめて見せた。
「出方を待つしかないか」
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「再び獣どもを手懐けなすったようで」
カレドニアの盗賊ギルドマスターであるオーシャンは、自室でひとりゼイムスを出迎えた。
「ロマンスの力ってやつですかい?」
下卑た笑いを見せる老人にゼイムスは眉根を寄せる。
「物資の流通はどうだ?」
老人の話を無視して本題に入る。
「滞りねえですぜ」
「バニッシュもか?」
「あっちはもうだいぶ裏で取引されるようになってきやした。常習者が増えましたんで」
「多少はウサンバラにも良い目を見せてやらんとな」
マラガから入ってきた麻薬は静かにハイランドを蝕み始めていた。
新たな市場の開拓にあのカメレオン族も満足することだろう。
「そろそろハッキリと玉座を頂こうと思っている」
「ついにですか」
「民衆の支持を盾にトーンに詰め寄る。拒めばバル・カーンを使い殺す」
「穏やかではないですな」
「今なら何が起ころうとも天啓で済ませられる。主だった貴族共もあらかた買収済みだ」
「このオーシャンめもゼイムス様に尽くしましょうぞ」
「うむ」
決行の段取りを取り決めるとゼイムスは盗賊ギルドを後にした。
念のため十分な時間をおいてから、オーシャンは待たせていた別の客がいる部屋へと移動する。
「お帰りになったぜ」
「そうですか」
その部屋には二人の客がいた。
椅子に腰かけお茶を啜っている男が返事した。
トーンに仕えている小役人エッセルだ。
「私を呼んだという事は、オーシャンさんも決心したのですね?」
「ああ。オレたち盗賊ギルドは、ゼイムス皇子ではなくトーン皇子につくことにした」
「賢明な判断です」
「ゼイムス皇子は切れすぎる。そして底が知れねえ。王座に就くだけで満足するとは思えねえのよ」
うすら寒さを覚えたオーシャンはエッセルの正面に腰かけ自身もお茶を啜り始める。
「今年の春は冷えますからねえ」
「オレたちは儲けられればそれでいい。改革なんていらねえんだ。なら今まで通りが具合がいい」
「ウサンバラさんには?」
エッセルはすでにマラガ盗賊ギルドのウサンバラとも面通し済みだ。
「あちらさんも頭が誰かはどうでもいいというスタンスだ」
「そうですか。それでは話が早い」
「しかし、ゼイムス皇子を暗殺するのは至難だ。なんせあのエユペイがついてる」
「大層な殺し屋さんだそうですね。金で寝返らせることは出来ませんか?」
「まず無理だろうな」
「ならその方も排除する以外ありませんね」
「並の者には手に余るぜ。返り討ちに遭う」
「ご安心を。こちらのお方なら問題ありませんよ」
そう言ってエッセルは壁際に力なくへたり込んでいるもうひとりの客人に目を向ける。
すっかり傷んだ着流しを着たそのトカゲ族の老人は、両手の先がなかった。
「お願いしますよ。ケイマンさま」




