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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第四章 聖女・救国編

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331 星が見ていた


 ――まだ、オレは五つだった。


 ある日突然、王であった父が死んだと言われ、オレと母はわずかな召し使いと共に城を追われた。


 『もうこの国には戻るな』


 それが命を奪われない最低限の条件だった。

 あてどなく南へと向かったが、その道中、召し使いどもはわずかにあった金品を持ち出し姿をくらませた。

 愛想を尽かしたのか、もとからそうするよう指示されていたのか、今となってはどちらも変わらない。


 市井に疎い母と幼きオレに荒野で生き延びる術などあるはずがなかった。

 だが幸いなことに、我等は蒼狼渓谷(ウルブスバレー)の手前で隊商(キャラバン)を組んでいた奴隷商人に囚われることで命を繋いだ。

 いや、今にして思えば、それすらもブロッソが用立てたものだったのかもしれないな。

 二度と戻れぬようにか、はたまた憐れんで命だけでもと考えたか。


 それからは国境を越え南へと向かい、オレはエスメラルダで売られ、母はさらに南へと連れていかれた。

 母とはそれっきりだ、三十年もたつ。

 もうこの世にはいないだろう。


 オレはその後、王都エンシェントリーフにある、とある高級娼館で働かされた。

 あの国は人口の九割が女だろう?

 金と権力を手にした豚は、男だろうが女だろうが違いはない。

 そこにはオレのように、各地から連れてこられた、まだ少年と呼べる者たちが大勢いたよ。


 オレも肥え太った醜い老女やら、反吐が出るような悪趣味の貴夫人やら、考えうる限りの辛酸を舐めさせられた。


 どうした? お前もそちら側で楽しんだ口じゃないのか?


 エスメラルダは慈愛の女神サキュラを信奉する宗教国家だそうだな。

 たしかに、たまにそんなオレたちを哀れみ、援助しようとはした金を寄付する偽善者もいたさ。

 まあ、当然そんな金はオレたちの飼い主を無駄に喜ばせるだけだったがな。


 慈愛やら献身やら、そんなものを本気で信じてる奴は空想の世界に閉じ籠り現実を見ようとしていないだけだ。

 オレからすればあの国は、世界で一番醜い豚どもの巣食う砂漠の牢獄だな。


 だがそんなオレにも抜け出すチャンスが訪れた。

 娼館にあの方がいらっしゃったのだ。


「あの方……?」


 汗の染み付いたシーツを握りしめながら、ベッドの上でライシカは問い直した。

 隣で天井を見つめながら静かに語るゼイムスの話に軽い既視感を覚えながら――。


「ト=モさまだ」


 センリブ森林に住まうエルフの女王であり、盗賊都市マラガの盗賊ギルドを束ねていたギルドマスターだ。

 精霊魔術の使い手で、二千年を生きると言っていた。


「気まぐれか、たまたまか、とにかくオレはあの方のお相手をすることになった。そこで運良く、オレは気に入られたのだ」


 エスメラルダに連れてこられてから十年がたっていた。


 ゼイムスはその後ト=モに買い取られマラガへと移る。

 そこで盗賊としての技能から裏社会のルールまで、徹底的に仕込まれた。

 そも優秀であったのだろう。

 数年でギルドの幹部にまでのし上がることが出来たのだ。


「あとはお前も知っている通りだ。マユミを手に入れたことでオレは復讐を始めることにした」


 目線を天井から窓へと変える。

 窓から見えるのは黒一色だ。


「以上だ。こんな話、誰にもしたことはなかったが……」

「なぜ話した?」

「何故だろうな」


 ライシカは黙って答えを待つ。


「たぶん、誰かに話すことで、この世界に残したかったのかもしれないな」


 それからしばらく沈黙が続いた。

 外は暗く、明かりの消えた室内はもっと暗く感じられた。

 そばにいる者の体温と息遣い以外、なにも感じられない。


「良い思い出は何もないのか? エスメラルダには」


 思ってもいなかった質問にゼイムスは少しキョトンとした。

 そんなことがあっただろうか。


「そうだな。強いて言うならば……星」

「星?」

「オレたちに自由など一切なかった。だから時間があれば星を見ていた。夜風を浴びながら」

「……」

「穢れを、その身から吹き飛ばしたかったのだろうな。そのとき見ていた星空は、美しかった」


 部屋の外にも瞬いているだろう。

 しかしここからは星は見えない。


「そういえば、一度だけ、他人と接したことがあったな……あの時も星を見ていたんだ」

「……」

「少し年上の、ようやく少女という時間を抜け出しかけていた程度の、女だった。身なりが良く、どこぞの貴族の娘だったのだろう。憐れみを込めた瞳だけはよく覚えている」

「なにか話したのですか?」

「覚えていない。だが」

「……」

「そう。砂糖菓子をひとつ、頂戴したんだ。それを隠れて食べた。とても甘く、美味かった」


 コンコン、と扉がノックされ、部屋の外から部下の名乗る声が聞こえた。


「どうした」

「教団信者に扮した密偵(スカウト)からの報告です。ランダメリア教団は壊滅。神官長のギノ・ミュウキ以下、主だった魔獣使い(ビーストテイマー)どもも自害したとのこと」


 報告を聞きながらゼイムスは傍らの相手を気にする。

 暗闇に包まれ表情はなにも見えない。


「どこの手の者だ?」

「幹部たちの自死は星屑隊の造反による部分が大きいですが、教団壊滅の直接の起因は、マユミさまです」

「マユミ……」

「その事でもうひとつご報告が」


 部下は扉の外で言い淀んでいる。


「なんだ?」

「はっ……その、マユミさまの仮面(マスク)は、外れていたと」


 消え入る声でそう報告した。


「そうか、わかった。下がれ」

「ハッ……」


 幾分安堵の声音が混じっているようで、扉の向こうの気配はすぐに消えた。


「聞いての通りだ。お互い戦力(コマ)がだいぶすり減ってしまったようだな」

「……」

「どうする? オレの首を取り仇をとるか? トーンめに差し出して情けを乞うか? それとも……」


 ゼイムスのセリフを唇を重ねて強く塞ぐ。

 たっぷりと時間をかけて塞ぐ。


「…………どちらもせぬ」


 それ以上何も言わず、ライシカはひたすらにゼイムスを求めた。


 ここからは星は見えない。

 星からも二人は見えない。


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