328 戦のあと
「マユミ様、ナナ様はご無事でしょうか」
教団の残党を整理し終えたスガーラがそう質問してきた。
答えに窮したマユミはツンツンとウシツノを突っつき、回答権をムリヤリ譲る。
「あ、えっと……」
嘘や駆け引きの苦手なウシツノは正直に伝えることにした。
「壊滅……翡翠の星騎士団が……ナナ様も行方知れずだなんて…………」
「死が確認されたわけじゃないんだ。エスメラルダの騎士団は散り散りになっただけで、まだこの国のどこかに潜伏していると思う」
状況を知り絶句するスガーラをウシツノは懸命に慰めた。
「大丈夫よ。銀姫を仕止めることができる奴なんて、この世界にはそういないから」
「そ、そうですね」
あっけらかんとしたマユミの一言にスガーラは幾分落ち着いたようだ。
「ターヤ、トアー」
「はいッ」
「はい」
スガーラの呼び掛けに二人の女騎士が進み出た。
ターヤは銀姫と同じようなショートヘアに引き締まった声、トアーは幾分小柄な可愛らしい顔立ちをしていた。
「星屑隊から百騎を選抜して教団の残党を本国に連行して」
「はッ」
「隊長は?」
「私は残りの二百を率いナナ様や騎士団の安否を確認する」
ウシツノがテキパキと指示するスガーラを遠目に眺めているとミゾレが近寄ってきた。
「よろしいかしら」
「ん?」
「翡翠の星騎士団もランダメリア教団も壊滅した以上、ハイランドの戦も終結したと見ていいのではないでしょうか」
「ああ、そうだな」
「でもまだシオリを連れてった教団の首領は残ってるし、ゼイムスだって暗躍してる」
「ゼイムス?」
ハクニーにミゾレが聞き返す。
ハクニーが状況を簡単に説明する。
「前王レンベルグの遺児……」
数瞬の間、目をパチクリと瞬きしたミゾレだったが、すぐに考えがまとまったようだ。
「なるほど。それが真ならお父様の悲願が現実になったかもしれませんのに」
ミゾレの父、ネアン領主オロシ・カナンの戦死は先ほど伝えたばかりだ。
当然のこと、彼女は父の死を悲しんだが、悲観に暮れたりもせず、すぐに自分が領主代理ではなくなったことに責任感が芽生えたようだ。
その点に関してウシツノは感心する意外なかった。
自分もカザロを治める次期村長であるはずだった。
同じ立場だったら自分はああもスムーズに気持ちを切り替えられただろうか。
「ところでウシツノ様、お頼みした手紙は無事ジルゴ・アダイ様にお届けできましたか?」
「ああ、それなら本人にしっかり渡したぞ。手紙に書かれていた要人も助け出した」
「本当ですか! その方が聖賢王崩御の真実を知っているという噂を頼りに、父は長年探し続けていたのです」
「確かにあいつはまだまだ秘密を隠し持ってそうだけどな」
「いずれ私もお会いしてみたいです。きっとだいぶお年を召してらっしゃるのでしょうね」
「あの白タヌキ、四百歳以上らしいからな」
「タヌッ? 四百ッ?」
つまらない冗談だと思われたようだ。
とはいえハイランド存亡の危急である今現在、ミゾレはこの話を後回しにすることにした。
次いで星屑隊の隊長スガーラに声をかける。
「スガーラ様、お願いしたきことがあります」
「なんでしょう」
「私と共に囚われていた娘たちを、ご一緒にエスメラルダに連れていってほしいのです」
「助けた囚人たちの事ですか」
彼女たちはみなネアンの住人である。
しかしネアンはバル・カーンの襲撃により陥落し、今も街はどうなっているかわからない。
「私は一度ネアンの様子を見に行きたいのですが、彼女たちを同行させるのは危険です。この戦が終わるまで保護してほしいのです」
「あなたは敵国である我らをお信じになるのですか?」
「私は戦後のことを考えています。これを機に両国が都市レベルで交流し、友好関係を結べるようになれれば僥倖だと」
「わかりました。ですが政治の話は国の高官に委ねましょう。ターヤ、あの娘たちの世話も頼むぞ」
「はっ! サキュラ神の御名に誓って、お守りいたします」
「ありがとう」
一介の騎士に頭を下げているミゾレを見て、ウシツノは舌を巻いた。
上に立つ、とは時としてこのような場面を想定しなければならないのか、と。
「大丈夫だよ。ウシツノにはアカメがいるんだから」
「オレの考えがわかるのか、ハクニー?」
「そんな顔してたもん」
アハハと笑うハクニーに対し、ウシツノはとても笑える気分ではなかった。
「アカメから剣以外も学ばないとな」
結局ミゾレはスガーラ率いる二百の星屑隊と共にネアンへ向かうことになった。
バル・カーンか、はたまた周辺のゴロツキどもが巣食っているかもしれないが、もしかしたら落ち延びた翡翠の星騎士団がいるかもしれない。
どちらにせよ状況の見聞は必要だった。
「オレたちはシオリ殿を助けるため、ライシカという奴を追う」
「お気をつけくださいウシツノ様。ゼイムス皇子に関しては内輪の王位継承問題で済みますが、教団の目的は邪神の復活です」
「ガトゥリンとか言ってたな」
「どのようにして復活するものかは不明ですが、乙女の鮮血を大地に染み渡らせる教義などもってのほか。邪教徒どもは何を仕出かすかわかりません。十分な警戒を」
「ああ! ってマユミ殿?」
それまで口を挟むことのなかったマユミは、なにやら従えたバルカーン・ロードを座らせて言い聞かせている最中だった。
「いいこと! あなたはここで一番強いんだから、ちゃんとみんなのこと見てなきゃダメよ」
「グゥオオン」
「それと無闇に人を襲ったりしないこと! 誰とでも仲良くね! わかった?」
「オォォン」
跪き頭を垂れる巨大なバルカーン・ロードの頭をよしよしと撫でている。
「すごい。獣の王をペット扱いしてるよ」
その光景は微笑ましいというよりは、そら恐ろしいと誰もが苦笑いするしかなかった。




