327 教団壊滅
桃色の光が収まると、桃色のドレスをまとったマユミが立っていた。
「私は桃姫。〈旧きモノ〉愛と美の女神アフロディーテを宿す姫神……」
「アフロディーテ……」
ウシツノは変化したマユミに目を見張った。
ミゾレやほかの救出された女たちも明らかに雰囲気の変わったマユミに何か感じるものがあった。
そしてハクニーは既視感を覚えていた。
「この感じ……同じだよ。あの時のシオリと」
「シオリ殿? それって前に言っていた?」
「うん。シオリはルシフェルを宿すって言ってたよ」
ケンタウロスの集落でマユミと戦った時のことだ。
追い詰められたシオリが光に包まれると今のマユミのように変貌を遂げたのだ。
「マユミ殿……」
ゴク、と息を飲み緊張するウシツノの見てる前で、マユミはワナワナと肩を震わせていた。
「フ、フフ……フフフフ、フフ」
「マユミ、殿?」
「アハハハハハッッ! やったぁ! やったやった」
「ッッッ!」
突然小躍りしながら狂喜するマユミに一同が目を丸くする。
明らかに変貌を遂げたマユミの発する圧のようなものが誰にも脅威に感じられるほどだというのに、当のマユミは無邪気にはしゃぎ飛び跳ねている始末。
そのギャップにみな面喰らってしまったのだ。
「マ、マユミ殿……」
さっきから名前を呼ぶばかりで戸惑うウシツノにマユミはようやく目を向けた。
「ふふん! 見て! 私もなれたよ姫神の上に」
「姫神の上?」
「今なら白姫やタヌキの言っていたことがわかるわ。そうかこれが結界か」
タヌキとはおそらくバンの事だろう。
「危ないよ後ろッ!」
ハクニーがマユミの後方を注意する。
足止めしていたバル・カーンどもをすべて叩き伏せたロードが迫っていたのだ。
巨大な爪をマユミに向かい振り下ろす。
右腕を上げてその爪をガードする。
無造作に上げただけの右腕に見えた。
だが今度はマユミは吹き飛ばされたりしなかった。
「なんかね、来るなってわかったし、防げるなとも思えてた。感知能力も単純な防御力も段違いみたい」
「あ、ああ」
「さて、おいたをした子は叱らないとね」
マユミは倒れ散ったバル・カーンどもに憐憫の目を向ける。
そしてそれを見下ろすように立ちはだかる獣の王を見上げる。
その時になってウシツノは気が付いた。
マユミのドレスの裾から覗く脚が黒い。
よく見ると指先から肘の上までも艶やかに黒い。
儚げな印象のドレスの下に、冷たい印象を持たせるアンダースーツをまとっているようだ。
そしてマユミは鞭を取り出す。
「愛には二種類あるの。優しく抱き締める愛と」
ビシィッ!
凄まじい破裂音が響く。
「厳しく躾る愛。お前には打ちのめされる愛がお似合いね」
その一撃だけでバルカーン・ロードの巨体が地に突っ伏した。
鞭の柄を擦りながら、倒れたロードの頭を踏みつけ、マユミが冷たい眼差しで言い放つ。
「私、やっぱり桃姫ってよくわかんない」
「オレもだ」
マユミの二面性にウシツノとハクニーが呆然とするなか、動きがあった。
神殿から新たな追手が現れたのだ。
その先頭にいたのはギノ・ミュウキだった。
「バカな! ロードが足蹴にされているだと!」
「あら、親玉の登場ね。ちょうどいい。さあボーヤ、あいつらをけちょんけちょんにしてやりなッ」
グゥオオオオオッッッ
マユミの命令にやおらロードは立ち上がると、ギノを含む教団連中に襲い掛かった。
「バ、バカな! ロードまで乗っ取られた!」
「乗っ取るなんて無粋ね。この子も私の愛に応えてくれたのよ」
「ギノ様!」
「う、うろたえるな! 残ったバル・カーンを総動員しろ! あいつらを全員殺すのだ」
ギノのその指示は実行に移されなかった。
彼女とお付きの魔獣使いたちを取り囲む、新たな一団が現れたからだ。
それは三百名からなる女騎士たち。
「そこまでだ、邪教徒どもめ。マユミ様への暴挙は我ら星屑隊が許さぬぞ」
「あら、あなたたち」
百五十組の恋人同士からなるエスメラルダの星屑隊であった。
ギノの前に進み出たのは隊を束ねるスガーラ。
「ナナ様のお立場を考え、ライシカに服従してきたが、もはや我慢ならん! よりによってマユミ様に歯向かうとは」
剣を突きつけられギノたちは観念したようだ。
「なあ、こいつらはマユミ殿のなんなんだ?」
「あぁ、もしかしたら……」
パチンッ!
マユミが指を鳴らす。
その瞬間ハッとした表情を見せるスガーラ。
「以前私、彼女たちの事を操ったことあるんだけど、その残滓が残ってたのかも」
フルフルと首を振ったスガーラが改めてマユミを見る。
「ごめんね。正気に戻った?」
「勘違いしているようですね。我々はずいぶん前から正気です」
「え?」
「あなたはすでに我等にとっても大事な人なのです、桃姫」
スガーラの言葉にマユミの方が困惑する。
「それってどういう……」
「ナナ様の恋人であるマユミ様は、我等にとっても主と呼べる存在。何なりとご命令を」
「ああっ」
マユミが星屑隊に入隊するとごねた時、銀姫のナナを恋人だとした。
ナナも渋々その設定に口裏を合わせていたのだが、純粋な星屑隊のメンバーは今もそれを信じて疑わないようだ。
「あ、ああ、まあ、そうね。ナナは大切だよ、うん」
「それでお聞きしたいのです。ナナ様は、いえ、翡翠の星騎士団は今どこに?」
それはマユミにもウシツノにもわからなかった。
バル・カーンの群れに襲撃され、それ以来行方知れずなのだ。
「クックック……ばかめ。エスメラルダの騎士団など、我らランダメリア教団の敵ではなかったぞ」
「キサマッ」
「お前たちが我が神殿を汚そうとも関係ない。もうじきお姉さまが、我等の悲願を成就くださる。ガトゥリン様は蘇るッッッガリッ」
何かを噛み砕く音が聞こえた。
続けて他の信者たちからも次々口内から音が聞こえる。
ツゥーッと口元から血が零れ落ちるとバタバタと倒れ伏した。
「これは、毒ッ」
「自ら命を絶ったのか」
「わららの、血も、ガトゥリン様に……」
それを最後にランダメリア教団の主だった幹部は全員息絶えた。
11話 老兵
76話 オートレント部隊
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