326 GIVER
マユミはバルカーン・ロードの攻撃に右腕を上げてガードした。
「ヨッ……ッ!」
ッし踏ん張れた、と思ったが無理だった。
想像以上の重い衝撃に腰が浮きあがり吹っ飛ばされる。
迫る岩壁に激突する寸前、背中の羽根を羽ばたかせ浮力を得ることで事なきを得た。
「パワーはあっちのが上か。でも攻撃力は……超龍騎ッ」
十数条の鞭が唸り、ロードの腕や足の肉を削ぎ落とすが、それを気にした風もなく突進してくる。
「耐久力が高過ぎてダメージの程がわからない!」
唖然とするマユミ。
しかしロードの攻撃を喰らえばこちらは確実に吹っ飛ばされる。
連続で振り下ろされる爪の攻撃をヒラヒラと掻い潜りながらマユミは次の一手を考えた。
「あと私にできるのは、これか!」
ギン! とマユミの目が相手を威嚇するように見開かれる。
「グゥオオオオオオッッッ」
一瞬たじろいだかに見えたが、雄叫びをあげるとロードはマユミに対し攻撃を再開した。
「操れない! 精神抵抗されたッ」
さらに追い討ちをかけるように神殿から魔獣使いども転がり出てきた。
「いたぞッ! あのふざけた連中を食い殺せ! バル・カーンどもよ」
「ギャオォッウ」
複数のバル・カーンに命令し、マユミに一斉に襲い掛からせる。
「危ないマユミ殿!」
ウシツノが加勢しようとするもマユミが手を上げてそれを制する。
「大丈夫! 丁度いい。ちょっと休憩する」
「は?」
マユミに群がったバル・カーンどもだったが、牙を突き立てることもなく、なんとそろいもそろってマユミの前にお座りしてしまった。
「よしよし、いいこねぇ」
そのうちの一匹の頭を撫でてやる。
「な、なんだとォ!」
「こら、お前たち! ワシらの言うことを聞けッ」
この顛末に教団の魔獣使いどもが慌てるが、獣はすっかりマユミの言いなりになっていた。
「この子たちぐらいなら容易に操れるんだけどなあ」
「ぐぬぬ」
歯ぎしりして悔しがる。
「しばらくあのデカイのを相手しててね」
マユミの一言に手懐けたバル・カーンどもがロードに向かい襲いかかった。
「あ、待てお前たち! そんな……」
「くそ、化け物め」
マユミを憎々し気に睨みつけながらも、打つ手なしとみたか、魔獣使いどもはそそくさと逃げ出した。
「マユミ殿?」
「ちょっと休憩させて……ふぅ」
「大丈夫? あいつ強いけど?」
「ん~」
ハクニーの心配を他所になにやら思案に更けるマユミ。
「どうもうまくいかないのよね」
「何が?」
「ん~あのさ、操るって、究極的にはどう言うことなのかな?」
「は?」
「それがわかれば私もなれると思うのよね」
「なにに?」
すっくとマユミは立ち上がる。
「考えてても仕方ないな。もう一回」
「お待ちになって」
それまで黙って成り行きを見ていたミゾレがマユミを呼び止めた。
「詳しい事情を知りもせず口を挟むことお許しください。ネアンの領主代理として、一言申し付けたきことがあります」
「ん?」
「ズバリ言いますわ。人が人を操るなど、あってはならぬことです! あなたは何でも操れるとお思いのようですが、それは自分以外の他者をすべて否定することと変わりない事」
「……」
「利己的で傲慢な領主に民はついてきません。上に立つ者こそ、最高の奉仕者でなければならないのです」
「奉仕……」
「わたくしはそう父に教わりましたわ。何かの参考になればよいのですが」
ニコ、と笑うミゾレにマユミは「ありがとう」とだけ呟き戦線に復帰した。
「奉仕……」
マユミは自我を取り戻してから自身に備わったこの能力を噛み締めていた。
それは万物を操れる能力だと知った。
静物に疑似生命を与えて動かせることを知った。
人の精神を誘惑して言いなりにすることも出来ることを知った。
万物に干渉できる能力なんだと理解した。
「それって誰にも負けない最強だと思ったけど」
そうではなかった。
マユミの脳裏にシオリやバンに敵わなかったという記憶がある。
そして今目の前にいる獣の王にも苦戦している。
「〈操る〉って、どういうことなの」
洗脳すること?
隷従させること?
催眠にかけること?
操縦してやること?
どれも操ることに思える。
「でもそれじゃ勝てない。究極的な〈操る〉とは何かを知らないと」
考えに集中しすぎていた。
マユミに王の爪が迫っていたのだ。
「ハッ!」
気付いたときにはすでに遅い。
回避も防御も間に合わない。
「あ、ヤバ……」
「ギャウッ!」
目の前にひとつの影が躍り出てマユミをかばった。
「オルディウス!」
それは天馬型パペットのオルディウスだった。
金属片を寄り集めて形作られたこのパペットは、身体中から黒い霧を吹き出しながら倒れる。
「同じだ。鎧人形を倒した時と」
ウシツノの言葉などマユミの耳には届いていなかった。
マユミは呆然と倒れた天馬を見つめている。
オルディウスは最期に少しだけ首を伸ばす仕草をしたが、マユミまでは届かず地面に倒れるとバラバラになって動かなくなった。
「助けてくれたの? オルディウス?」
パペットに心が芽生えるのか。
それはマユミにもわからない。
しかしオルディウスは命令されて盾になったわけではない。
「ごめんねオルディウス。ううん、今まで倒れていった全てのパペットたち」
マユミは立ち上がった。
「そうか。操るじゃない。私の、桃姫の力はちがう!」
シュパァッ!
マユミの全身が光りだした。
それは淡い春の色。
ロードが群がる獣どもを払い除けながらマユミに突進する。
それを多くのバル・カーンが押し止めようと懸命になる。
操られている?
いや、魅了されている?
「ちがうわ。これは愛」
誰かのために動ける心。
動きたいと思える誰か。
愛ゆえに、愛だからこそ。
「みんなありがとう。今度は私がみんなの愛に応えるね」
光が落ち着くと、マユミは薄桃色のドレスを纏い、そこにいた。
「私は桃姫。万物を愛し、万物から愛される、〈旧きモノ〉アフロディーテを宿す姫神」




