323 フェス会場の大仏
――それはほんのちょっぴり前の時間……。
「なんだか一雨降りそう」
どんよりとした雲が空一面を覆っている。
纏わりつくような湿気と熱気が不快感をいや増す。
「この辺は一年を通してこんな天気だよ」
マユミの背にしがみつきながらハクニーがそう答える。
ウシツノ、ハクニー、そしてマユミの三人は今、蒼狼渓谷の東端、切り立った峡谷を望む上空にいた。
マユミの操る天馬型パペット、オルディウスの背に揺られ、ランダメリア教団のアジトと思しき岩山の神殿まで来ていたのだ。
「早かったね。普通ここまで来るのに早馬を飛ばしても丸二日以上かかるのに。倍近い早さで着いちゃった」
そう褒めるハクニーにマユミはふぅんと素っ気ない。
「競馬とかしないから馬の速さってピンとこないな」
「ケイバ?」
キョトンとするハクニーだが、マユミからは特に解説はなかった。
正気を取り戻してからのマユミは、自身の力をひとつひとつ確認するように行使していた。
彼女にとってはそんな力を持った自分が今更ながらに新鮮で仕方なかったのだ。
やはり仮面を着けていた時は自我がだいぶ抑えられていたのだろう。
徐々にマユミという人間の本質が見えてきていた。
ハクニー的にはマユミはだいぶ楽天的な性格だと見ていた。
怖いもの知らずと言ってもいい。
シオリは他人の事を慮り行動するが、マユミはまず自分がどう思うか、で行動を決定するようだ。
どちらがいいとか悪いとかではない。
どちらにしても同じ行動結果に帰結することもあるだろう。
「治す人と操る人か」
「ん? なに? ハクニー」
「な、なんでもないよ」
そんな二人の会話も耳に入らず、ウシツノは振り落とされないよう必死にしがみついていた。
彼はオルディウスの背ではなく、後方に繋がれた荷台に乗っていたのだ。
さしずめ天空を駆る馬車と言えなくもないが、乗り心地は悪かった。
「マ、マユミ殿、結構揺れたぞ、この荷台」
「重くってバランスとるのが難しいの。でも落ちなかったからいいじゃない」
「ゲコ…………」
やっぱり楽天家だ。
ハクニーはそう結論付けた。
教団のアジトが近づいてきた。
峡谷を削って築き上げた岩の神殿が見えてくる。
「そろそろ降りて行こう。こっそりと潜入するんだ」
バル・カーンの姿はまばらだが、神殿へ向かう教団の人間らしき姿はチラホラと見かける。
「なんだ。もっといるかと思ったけど」
「邪神を崇拝する者が何万もいたら世も末だ。オレは少しホッとしたよ」
ところが神殿に近づくにつれ、多くの邪教徒どもが祈りを捧げながら大行列を作っているのを空から発見する。
「見て! あの行列」
「なんだ? いっぱいいるじゃないか」
「フェスの会場みたいね」
「フェス?」
「でもなんか、みんなすっぽりとフードまで被ってて陰気臭い」
「よし。あのローブを誰かから奪って着て、行列に紛れ込もう」
ウシツノの提案にマユミはイヤそうな顔をした。
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とはいえマユミも文句を言わず、ローブを着こんだ三人は信者に紛れ込んで神殿の大広間へと入り込んだ。
「一体何が始まるんだ?」
油断なく周りを観察するウシツノに、マユミはあっけらかんと「聞いてみれば?」と言うや隣にいた信者の女に声をかけていた。
「お、おい……」
「ねえ、今から何が始まるの?」
「は?」
マユミの質問に訝し気な視線を放つ。
「私ここ来るの初めてなのよ。まだ入信して間もなくって。でも思ってたよりずっと立派ですごい所だね」
元来邪教として虐げられてきた側からすると、こうも素直に感嘆されて悪い気がしなかった。
「ガトゥリン様復活祈願の儀式です。今日の生贄はとても美しいと噂されてますよ」
「い、生贄って?」
まさかシオリでは、とハクニーが緊張する。
「どこかの領主の娘だったそうです」
シオリじゃなさそうだ、とハクニーは内心ホッとする。
「そうなんだ。それは楽しみね。あ、連れが今あそこにいたみたい。教えてくれてありがとう」
マユミはそう言うとハクニーとウシツノと共にその場を離れた。
「ヒヤヒヤしたぞ」
周りに人がいない場所までたどり着くとウシツノが苦言を呈した。
「不審に思われて騒がれたらどうするつもりだ」
「どうせこれから騒ぎになるんだし」
「は?」
「生贄の儀式なんて、絶対許せないでしょ」
マユミのその発言にハクニーも頷く。
「こうなったらとことん懲らしめてやろうよ」
「か、過激だな」
「でね、あの広場にすっごい目立つ大きな像があったよね。東大寺の大仏ぐらいの」
「トーダイジ?」
「たぶんあれがガトゥリンなんだろうね。あれさあ」
マユミがニヒッと笑みをこぼす。
「突然動き出したら面白いと思わない?」
マユミが懐から神器を取り出しながら二人に笑いかけた。




