320 折れたシャイニング・フォース
空から襲ってきたバル・カーンを一刀のもと叩き斬る。
跳躍してさらに上空を飛ぶ、翼の生えたバル・カーンも斬り落とす。
刀を突き刺したまま地面に降り立つと、横合いから突進してきたバル・カーンに肩を爪でえぐられた。
痛みに顔をひきつらせながらも、刀を薙いでそいつも倒した。
ウシツノの周囲に蒼い獣のどす黒い血が広がる。
「ああックソッ! 何匹いるんだこいつらッ」
時間も場所も選ばず出没するようになったバル・カーン。
その頻度は日ごとに増え、ウシツノたちも対峙する機会が激増していた。
「おいウシツノ、肩は大丈夫か?」
「問題ない」
仄かに光ったかと思うと、怪我をした肩は瞬く間に治癒してしまった。
「ウシツノの奴、苛立ってんよ」
「ああ、白姫の嬢ちゃんの行方が、わからなくなっちまったからな」
共に戦うシャマンとレッキスの心配を他所に、ウシツノはまた一匹のバル・カーンを斬り伏せていた。
マユミを正気に戻せばシオリの居場所もわかると踏んでいた。
案の定、マユミからシオリは、翡翠の星騎士団と別行動をとる星屑隊に囚われている、という事まではわかった。
しかしその後、翡翠の星騎士団がバル・カーンの襲撃によって壊滅したという情報と共に、星屑隊の行方も皆目わからなくなってしまった。
「ウシツノに白姫の力がアサインメントされてる間は、あの娘も無事デシ」
バンはそう言っていたが、それもいつまでの話か知れたものではない。
「シオリ殿は今、神器を手放している。ここにあるからな。それはつまり姫神転身できないことを意味している。しかも」
「アサインメントとは、自分の能力を削って他者に割り振るものだと言っていたな。つまり白姫は現状、その力をフルに行使できない」
ウィペットの分析は暗い現状確認に過ぎなかった。
結局この日も街に入り込んだバル・カーンを退治することしかできなかった。
シャマンはレッキス、ウィペット、ウシツノの無事を確認する。
「どうだ?」
「あらかた片付いたんよ」
「うしっ! んじゃ冒険者ギルドに報告だ」
未曾有の危機に瀕したハイランドは、度重なるバル・カーンの襲撃を抑えるに足りない兵力を補填するため、各地の冒険者ギルドを通じて傭兵や冒険者たちに獣退治を請け負わせることにした。
これは直接獣の驚異を退けるだけでなく、滞りがちな経済活動の促進や、仕事にあぶれた冒険者風情が犯罪に走るのを抑止する効果も見込めた。
これはトーンに助言した第二皇子レームの発案となっているが、大元のアイデアはアカメによるものらしい。
そのアカメとギワラは今も王城に居残っている。
「よう、また来たぜ」
〈風と炎の左亭〉と書かれた看板のぶら下がる入り口をくぐる。
そこは王国直営の冒険者ギルドだ。
酒場を兼ねた店内の奥、カウンターに立つ壮年の店主にシャマンは陽気な声をかける。
店主は一瞬罰の悪そうな顔をしたが、すぐに気を取り直してシャマンが広げた戦利品を検品し始めた。
退治したバル・カーンは種別ごとに換金される。
大多数を占める通常種で一匹二万、翼のある新種フリューゲルは五万、未だに討伐報告はないが、士官クラスである大型のゴア・バルカーンを倒せば十万である。
命を張るにはやや低料金ではあるが、ハイランドの財政上これが精一杯なのである。
「ずいぶん新種をやっつけたな。これだけの成果を出せるパーティーは他にないぞ」
カウンター上の切り落とされた翼を見て店主が舌を巻く。
翼を斬って持って来れば新種の証拠としては十分だ。
「腕には自信があるんだ。なんならまた箱の輸送を請け負ってもいいぜ」
「もう勘弁してくれ」
「キヒヒ」
実はこの冒険者ギルドでシャマンたちは以前、ファントムによる箱輸送の依頼を受けたのだ。
その後の顛末はご存じの通りである。
人のいいこの店主はその事で負い目を感じており、毎回シャマンに弄られているのである。
もっとも既にシャマンもその事は水に流している。
「ところで、頼んでおいた情報だがよ」
報酬を受け取りながらシャマンは店主に問いただす。
「星屑隊とやらの居場所だろ? 目撃情報が入ったよ」
「マジか!」
シャマンに呼ばれて同行していたウシツノ、ウィペット、レッキスの三人もカウンターに寄ってくる。
「荷馬車の護衛をしていた冒険者一行による話だが、数百騎の女騎士が蒼狼渓谷を東へ向かうのを見たらしい」
「それが星屑隊?」
「かどうかまではわからん。変わった特徴として檻に入れられた少女もいたらしいぞ」
「まさかシオリ殿じゃ」
ウシツノの目の色が変わる。
「その向かった先には何がある?」
「さあな? 人間の寄り付く場所じゃないからな」
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「その辺って、なんか薄気味悪い人間が何人もうろついてるとこだと思う」
帰宅したシャマンたちの報告を聞いたハクニーがそう洩らす。
「薄気味悪い?」
「だってバル・カーンの根城になっている渓谷の奥に潜んでるなんて絶対変じゃん」
ハクニーの住んでいたケンタウロス族の集落、〈槍の穂先〉から南東に向かった場所にあるらしい。
ほとんど南のエスメラルダ王国に位置し、不毛な峡谷であるらしく、ほとんど秘境に近いそうだ。
「もしかしてそれってさあ」
「うむ。オレもレッキスと同意見だ」
ウィペットも何かを察したようだ。
「ランダメリア教団のアジト?」
「そこにシオリ殿は連れてかれたのか? どうしてだ?」
「どうしてだろうな?」
メインクーンとクルペオもわかるはずがない。
ドクターダンテも何も言わず、コーヒーのカップを傾けているのみ。
「まあいい。可能性が出たんだ。今から行ってくる」
ウシツノが立ち上がる。
「マジかよ! バル・カーンがうじゃうじゃいる本拠地かもしれねえんだぞ」
「ならなおさらだ。シオリ殿をひとりには出来ん」
「私も行くよ」
「ハクニー。これは危険だぞ」
「でもあの辺の土地勘は私にしかないでしょう。それにシオリに付き従うのがケンタウロス族を代表する私の使命なんだから」
「ハクニー」
「断っても無駄だよ」
やれやれ、とウシツノは不承不承承諾した。
「私も行っていい?」
「え?」
全員が驚いて部屋の入り口を見る。
そこに立っていたのはマユミだった。
マスクの呪いから解放されたマユミは、少し緊張気味にそこに立っていた。
「あの娘のこと、私にも責任があるし。何かの役に立てると思うから」
「役にどころか、鬼に金棒じゃねえか? 姫神だぜ?」
シャマンの言う事に誰も異論はない。
「いいのか? 危険だぞ?」
「う、うん。ダイジョブ」
少し無理をしているのが感じられるが、彼女については思うようにさせてみようという意見が大半だった。
「あとはバンだな」
「バンは行かないデシよ」
「いや、お前がそばにいてくれないとシオリ殿の剣は重たいしさ……」
元白姫のバンが近くにいるとシオリの神器は羽のように軽く持ち上げられるのだ。
「必要ないデシ。白姫にアサインメントされてるなら白姫の剣も軽く持てるデシ。平気デシ」
「そうなのか? でもこの剣、オレには長すぎて持ちにくいんだよなあ」
白い剣シャイニング・フォースは二メートルの長身なのである。
「半分に折っちゃえば?」
「え?」
それはあっという間の出来事だった。
何の冗談かとみなが思った矢先、発言者であるマユミが剣を持つと切っ先を床に着け、ちょうど刃の真ん中あたりをテコの要領で踏み折ってしまったのだ。
「あ、あああああああああああああぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ」
全員が絶叫する。
「折れたァッ」
渡された剣を持ってウシツノが狼狽している。
「な、なんてことするんだ桃姫」
「え、どうして? 持ちやすくなったでしょ?」
「壊してどうするんだ! 使い物にならなくなったら!」
「? 白姫ってあの娘は何でも治せるんでしょう? だったら使う時にその剣も戻せばいいじゃない」
「あ、ん……えぇ? 出来るのか、そんなこと?」
ウシツノがバンに救いの目を向ける。
さすがのバンも予想しなかったマユミの行動に言葉が出ない。
「できるよできる。どうしてできないと思うのかな」
これがマユミの素なのだろうか。
誰もが今までの桃姫からイメージを変える必要があることを感じていた。




