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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第四章 聖女・救国編

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319 有翼餓狼


 月も眠りそうなほどの深く、静かな夜。

 春が一目散に逃げ去ったかのような熱帯夜だった。


 王城ノーサンブリア第二の塔上層階にゼイムスの部屋は割り当てられていた。

 通常、王族は最も高くそびえる第一の塔に居室を構える慣わしだが、いかんせん第一の塔の上階は以前マユミに破壊されたまま、修復もままならない有様であった。

 寝苦しい夜ではあったが、ゼイムスは特段気にしていなかった。

 開け放たれた窓はカーテンがそよぐ夜風が入り込み、それが身に沁みて心地よい。

 白い壁に青い月明かりが涼やかな気分を醸し出す。


 ゴト、という物音と、その窓辺に立つ何者かの気配を察し、ゼイムスは浅い眠りから目を覚ました。

 特に恐れる風もなく、ゼイムスはそこに立つ侵入者と目が合った。


「バル・カーン?」


 窓枠を掴み、ゼイムスを睨んでいたのは、蒼い毛並みの獰猛な獣だった。

 狂暴な(あぎと)をガチガチと鳴らしたかと思えば、(きびす)を返し窓の外へと身を投げ出し去っていった。

 しかしここは第二の塔上層階である。

 滑らかな外壁を伝いここまで登ってくるのは獣と言えど不可能だ。

 窓に近付き夜空を見ると、獣は月に向かい大きく羽ばたいていた。


「羽……翼の生えたバル・カーンとは」


 聞いていない種だった。


「なにをしに現れた」


 つぶやきに応えるように何かが足元に転がってきた。

 そういえばあの獣を最初に見たとき、何か口に咥えていたようだった。

 月明かりを頼みに足元を確認してみる。


「こ、これはッ!」


 さすがのゼイムスも予期せぬものに一瞬息を飲んだ。

 この()には見覚えがある。


「こいつは、ランダメリア教団との連絡役に遣わした」


 それはゼイムスの部下だった女盗賊の首だった。

 血まみれで、苦痛に歪んだ表情をしたまま絶命している。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 その夜を境に、ハイランド周辺はバル・カーンの襲撃による被害があとを絶たなくなった。

 聖都カレドニアへ攻めいる群れもあれば、周辺に点在する村や街道での出没も増した。

 北の宿場町アルネスや商業都市アヴィモア、交易都市ドーノッホといった、これまで比較的被害を免れていた地域にもバル・カーンは現れるようになり、トーン皇子はその対処に苦慮していた。

 神出鬼没のバル・カーンに対し、動かせる兵の数が圧倒的に足りなかったのだ。

 聖都防衛のために各地から集った諸侯も、自らの領地を守るため次々と帰途についた。

 今や国中で獰猛な獣が闊歩し、安全な地域など存在しなくなっていた。


「ロマンスの効力も、どうやら切れてしまったようですねぇ」

「ゼイムス皇子からは桃姫捜索を急ぐよう言われてますわ」


 二人の盗賊ギルドマスター、ウサンバラとオーシャンの会話である。


「ゼイムス皇子の馬車も襲われているってぇ話じゃないですか。これじゃあ物資がこの街に届かなくなるのも時間の問題だ」

「そうですねぇ。せめてバニッシュだけでも優先的に送るよう手配しましょう」


 バニッシュとはウサンバラが持ち込んだ麻薬である。


「しかしランダメリアが裏切ったとなれば、ゼイムス皇子の奇跡(ヤラセ)ももうできなくなりますな」

「そのための保険であった桃姫まで行方不明ですからねぇ。これはなかなか困りましたねぇ」


 大して困ってなさそうな顔で二人は話し合っている。


「まあ結局のところ、頭が誰かなんてオレ等にはどうでもいいことなんですがね」

「それはそうです。大切なのは私たちにとって利益があるかどうか、ですからねぇ」


 二人してケタケタと笑い合う。


「おっと、そろそろ来るな。すまんが人と会う約束があるんだ」

「そうでしたか。ではお(いとま)しましょうか」

「なんなら紹介したって構わねえが……」


 オーシャンがそう言った時、部下から客の来訪が告げられた。


「もう来てしまいましたね。どなたかお聞きしても?」

「こういうのも縁だからな」


 オーシャンとウサンバラのいる部屋に入ってきたのは、ハイランド王室付きの小役人の男だった。


「こんにちは、オーシャンさん。おや、カメレオン族とは珍しいですね」

「紹介しよう。トーン皇子直属のお役人エッセルくんだ」

「はじめまして。エッセルです」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 宮殿の長い廊下でトーンとゼイムスは鉢合わせした。

 笑顔であいさつを交わす間柄でもない。

 お互い目を逸らさず、まっすぐ睨み返しながら歩く。

 鋭い眼光を研ぎ澄ますトーン。

 冷たい微笑をたたえるゼイムス。

 それぞれに思惑があるのだろう。


 二人は静かに、言葉なくすれ違った。


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