314 ロマンス
エスメラルダ翡翠の星騎士団の攻勢は、連日苛烈を極めた。
ただし城壁を突破されることはなく、ハイランドはあと一歩のところで踏みとどまっていた。
皮肉にもそれは、ゼイムスの持つパンドゥラの箱による奇跡を信じる兵たちの頑張りによって支えられていた。
トーンにはそれが気に食わない。
日を追うごとに苛立たしさが露わになる兄の姿にレームは嘆息した。
「箱の奇跡を演じて見せたのはわずかに一度だけです。その一度で国民の心を掴んだのですから、大したものですよ」
「しかし後輩よ。今は相手がバル・カーンではなくエスメラルダだ。あやつらに対しても箱の威光は効くであろうか」
レームの問いにアカメは首を横に振る。
「箱が伝説通りなんでもありの奇跡製造機ならそうでしょうが、あれはそんなものではありません」
「後輩の見立てではゼイムスとエスメラルダは共謀しているのだったな」
「ここぞで撤退を繰り返すのは残念ながら兵の踏ん張りよりもあちら側の都合でありましょう」
「それはなんだね?」
「わかりません。ただ……」
「ん?」
「ゼイムス皇子は内心、焦っているかもしれませんね」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ライシカからの連絡はまだないのか」
「依然途絶えたままです」
そこはハイランドの盗賊ギルド。
ギルドマスターオーシャンの部屋に三人の密談する影があった。
ハイランド盗賊ギルドマスターの老人オーシャン。
マラガ盗賊ギルドマスターの変色竜族ウサンバラ。
そして魔性の美青年チェルシーことゼイムス。
そのゼイムスの問いに答えたのがオーシャンだった。
「もうよいではないですか。あの者の利用価値はもうないでしょう。切り捨てなさい」
確かにウサンバラの言うとおりだった。
もともとエスメラルダをけしかけてハイランドと交戦状態を築き上げることが目的だった。
当然その戦争をゼイムスが収めることで故国に凱旋する筋書きであった。
そのために何年もかけてあの女を篭絡してきたのだ。
金も権力も手にしたあの女が唯一手にしていなかったもの。
「ロマンスですか……くだらない」
「まあそう言うな。おかげで金がかからずに済んだ」
「ちがいない! ワッハッハ」
オーシャンの笑い声はひと際響く。
もちろんライシカに狙いを付けた理由はもうひとつある。
「実の妹が魔獣使いで構成された邪教の神官長だったとは、世の中は奇妙なものですね」
「おかげでセカンドプランを用意できた。エスメラルダにバル・カーンをぶつけてやろう。なに、妹の方も篭絡済みだ。言う事を聞くだろうよ」
「ロマンスのチカラも侮れませんね」
「ちがいない! 色男の盗賊ってのも用意しておくもんだなあ。ワハハ」
老人とカメレオンの笑い声を背にしてゼイムスは部屋を後にした。
廊下で待っていた部下が隣に歩み寄る。
ジョナスと名乗ったあのファントムの部下として行動していた男だ。
「マユミは見つかったか?」
「いえ」
ここまで筋書き通りと思えているが、ただひとつマユミが行方知れずになった点だけは気がかりだった。
万物を操るあの能力は計画の邪魔になる恐れがある。
「とはいえあのマスクの呪いは強力です。あれを付けている以上ゼイムス様の命令には逆らえないはず」
「そうだな。とにかく行方を探しておけ」
「はっ」
「それとギノ・ミュウキの元へ使いを出せ。セカンドプランを実行する」
「バル・カーン共をエスメラルダにぶつけるのですね」
「前回あの獣どもを恭順させる奇跡を演出しておいたのもこのためだからな」
「かしこまりました。すぐに」
ジョナスは音もなく暗闇に溶け込み気配を消した。
「また愚かな国民が感動を覚えそうな文言でも考えておくとするか。箱の奇跡を演じるために。フフ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
百五十組の恋人同士のみで構成されたエスメラルダの別動隊である星屑隊。
その隊をまとめ上げるスガーラの前に、一匹のバル・カーンの背から降り立ったのはライシカだった。
「大司教……様が何故このような前線まで」
「お前が隊長か。銀姫はここにはいないのだな?」
「は、はい。ナナ様は翡翠の星騎士団本隊を引き連れカレドニア攻略中です。私たちにはこの森で待機を命じられました」
「そうですか」
それはライシカにとっては都合がよかった。
独立したこの部隊にはまだ自分が追われる立場になったことまで伝わっていないようだ。
「ではただちに星屑隊はランダメリア教団と合流します。出立の用意を」
「お、お待ちください。それにはナナ様のの了解を得ませんと……」
「騎士団のトップは銀姫殿であるが、その騎士団を含めすべては大司教である私の命令に従う義務があるのですよ」
「そ、それは……」
「それとも何かわたくしに隠していることでもあるのですか」
周囲の騎士たちがチラリと目線を向かわせたのをライシカは感づいた。
「その天幕ですね。何を隠しているのです?」
「あ、お待ちをッ」
スガーラの制止を振り切りライシカは中へと踏み込んだ。
「おや。これはまさか、異世界の娘」
そこには檻があり、中にはセーラー服を着たひとりの少女が押し込められていた。
「娘、名はなんという?」
「シオリです」
シオリは恐れを見せず毅然とした態度でそう答えた。
「フフ。なるほど。そうですか。隊長、正直に答えなさい。この娘は姫神ですね?」
「はい……」
「なるほどなるほど。どうやらまだわたくしにも芽があるようですね・ホホホホッ」
ライシカは速やかに部隊の移動を下知した。




