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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第四章 聖女・救国編

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313 白姫のアサインメント


 水中に飲まれたウシツノが浮上してくることはなかった。


「あの白い剣、回収したいな」


 水面ギリギリに浮遊するマユミは、膝を曲げしゃがみこむと恐る恐る右手を水中に入れてみた。


「……本当だ。全然動かない。知らなかった」


 マユミの右腕の肘から下は、金属片を集めて義手に模したパペットだ。

 その義手が水に漬かった瞬間ピクリとも反応しなくなった。


「私のパペット、水中じゃあ生きられないんだ」


 なので自分で潜って剣を取りに行かねばならない。


「随分と躊躇(ちゅうちょ)なく、ウシツノを殺すデシね」

「ん?」


 それまでジッと戦況を見つめていたバンがマユミに声をかける。


「強力な洗脳デシね。その呪いの仮面」

「私は洗脳なんてされてないって何度言えば……」

「なら自分の意思でためらいなく人を殺しているデシか」

「人……」


 マユミが一瞬黙り込む。

 そして足元の水中に目を凝らす。


亜人(カエル)なら人殺しじゃあないデシか」


 確かに人間ではないのだろう。

 しかしこの世界では紛れもない知的文化を持つ生命体であり、意思の疎通も十全に図れる。

 いや、そもそも犬や猫でもいたずらに傷つけるようなこと、マユミだって過去にしてきたわけではない。


「こ、ここは私の知っている日本じゃない! ここは、こういう世界……」


 反論しようとするマユミの声はだが次第に小さくなる。


「他者の痛みを和らげようとする女子が白姫に、己の孤独を嘆くだけの女子は桃姫になる」

「……なにを」

「人を癒そうとするシオリと、操ろうとするお前、その違いがお前の()()デシ」

「……? なんですって」



 ガシッ



「ッ!」


 突然マユミは足首を掴まれ水中へと引きずり込まれた。

 あまりに油断していたため呼吸もままならない。

 息苦しさにもがきながらも自身を引きずり込んだ主を見て驚いた。


「ゴボッァ」


 水中であることを忘れ、驚きの声を出そうとしてしまい、残った空気まで吐き出してしまう。

 足を掴んでいたのはウシツノだった。

 死んだと思ったカエルが生き生きと水中で自分を翻弄していた。


「この数日ウシツノから微かではあるけれど不思議な力を感じていたデシ」


 マユミは我が目を疑った。

 確かに貫いたはずのウシツノの腹が完全に塞がっている。

 傷跡もなく、完全に治癒している。


「それはおそらく白姫の癒すチカラ」


 湖底まで引きずり込んだウシツノは、もがくマユミとは裏腹に、水を得た魚が如くスイスイと周囲を移動し始める。

 マユミは動かない右腕を気にしつつ左手に持った鞭を振るう。

 だが水中では十分な振りは出来ずウシツノにはまるで当たらない。

 斬りかかってくるウシツノにならばと鋭い尾の一撃を浴びせる。

 この一撃はヒットし、ウシツノの皮膚を切り裂いた。


「ッ!」


 しかしその傷口がみるみるうちに塞がっていく。


(そんな! なんでカエルに回復能力が!)


 戸惑うマユミの右側面からウシツノが剣を振るった。

 そのひと振りを動かない右腕では防ぐことが出来ず、成す術なくマユミは顔面に直撃を受ける。

 神器シャイニング・フォースと呪いの仮面が再び激突する。

 再度の衝撃波。

 先ほどと同様に水が弾け飛び、二人は湖の外まで飛びだしてくる。


 だが今度は結果が違う。


 剣を振りぬいたウシツノが無事に地上に降り立ち、仮面を破壊されたマユミは背中から地面へと落ちていた。

 それを確認したウシツノは残心もとれぬまま片膝をつく。


「はあ、はあっ……死んでないよな?」


 剣を突き立て、膝をつくウシツノが、マユミの様子を見るバンに問いかける。

 素顔を露わにし、意識を失ったマユミがそこに横たわっていた。


「大丈夫デシ。息もしてるデシ」

「クァッ」


 突然マユミの目がカッ(ぴら)いた。

 弛緩したままの体が垂直に起き上がると額から白い光球が飛び出てくる。

 その光球はウシツノめがけ高速で飛んできた。


「危ないッ! ウシツノ」



 スパッ!



 目の前に飛んできた光球をウシツノは白い剣で切り裂いた。


「ヒキャァァァァッァッァァア…………」


 耳を覆いたくなるようなおぞましい悲鳴を上げつつ光球は消滅する。

 それと同時に意識のないマユミが地面に倒れ込んだ。


「今のはプシュケー。精神の上位精霊デシ。あんなのが桃姫に取りついていたデシね」

「精霊?」

「感情を司る精霊デシ」

「よくわからんが、それで情緒が不安定だったのか、桃姫は」


 激戦を物語るようにウシツノは疲労困憊だった。

 逆に倒れたマユミは気持ちよさそうに眠っている。


「まあよくやったデシよ。これでハイランドに勝利は大きく傾くデシ」


 しかしウシツノにはこの個人戦、勝利の実感はまるでなかった。

 何よりこの戦いはこちらにいくつものアドバンテージがあったのだ。

 パペットを封じる策を得たアカメのチカラ。

 マユミの腕を斬り飛ばしたケイマンのチカラ。

 呪いを解けばいいという勝利条件。

 そのためのシオリの神器と、その重さを無効化するバンのチカラ。


「それと、何故オレの傷は治っていたのだ?」


 ウシツノ自身、腹を貫かれ、幻魔術による死を意識した。

 しかし何故だか傷は回復し、幻魔術も死に至らしめることはなかった。


「それはシオリがウシツノに与えた力。〈アサインメント〉によるものデシ」

「アサインメント?」

「姫神はその力をわずかに他者へと割り振ることが出来るデシ。シオリから力を得る、思い当たる節はないデシか?」

「シオリ殿から……もしかして、あれかな?」


 それは東門広場にゴア・バルカーンが現れた時。

 シオリの雷刃を付与されて戦った時かもしれない。


「もちろん姫神のチカラそっくりそのままとはいかないデシ。けど自身の傷を癒し、幻術に抵抗できるぐらいには使えるデシよ」

「そうなのか」


 感心すると同時にウシツノはまだまだ自分の未熟さを思い知らされていた。


(結局自分のチカラだけで姫神と戦うにはまだまだってことなんだな)


 下手に勝って図に乗るよりはマシ。

 そう自戒するのであった。


「アサインメント、か」


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