306 赤い弾丸
クァックジャード騎士団。
鳥人族で構成された騎士の集団である。
彼らはどの国や勢力にも属さない。
完全なる中立の立場から、歴史上、各地の戦争や紛争の調停を担ってきた。
その成立の経緯について語るのは今後に譲るとして、なぜ彼らがそのような任務を請け負うことが出来るのか。
それは彼らがみな、優れた剣士であるだけではなく、強靭な翼を持つ者たちであるからに他ならない。
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アップランド平原の上空を一筋の赤い弾丸が横切った。
さりとてそれに気付く者はいない。
たとえ直下に大軍団が埋め尽くしていようとも、天駆けるクァックジャードを邪魔することは出来ない。
赤い装束に身を包んだ、赤い翼のタイランは南へと急いだ。
目的地はカムルート砦。
そこに今、エスメラルダの女王サトゥエがいる。
「そろそろ蒼狼溪谷のあたりか」
ハイランドとエスメラルダを南北に二分する蒼狼溪谷。
そこを越えれば目的の砦は目と鼻の先だ。
「むっ」
そこへタイランにとって無視できない光景が視界に飛び込んできた。
数人の野盗にひとりの少女が襲われているのだ。
周りには彼ら以外に通る者もなく、少女はすでに痛ましい程に陵辱を受けているようであった。
「戦争孤児か……黙って見過ごせんな」
そのような場面に躊躇するタイランではない。
急転直下、針路を野盗に定めると瞬時に間に割って入った。
野盗どもから少女を引っさらい保護する。
「な、なんだテメー」
「亜人か!」
突然の乱入者に度肝を抜かれたようだが、タイランがひとりだとわかると威勢を取り戻した。
反応と服装を見るに野盗どもはハイランドの人間のようだ。
「下衆にわざわざ名乗る必要はなかろう」
「んだとコラァ」
振る舞いやたたずまいを見ても大した者たちではない。
それよりもタイランが気になったのは襲われていた少女の方。
だいぶ傷んでいるが身に付けている鎧は間違いなく、エスメラルダの翡翠の星騎士団のものだった。
「スカしてんじゃねぇぞ、テメーよぉ」
どうにもこらえ性のない者たちのようだ。
五人ほどの野盗どもは一斉にタイランに襲い掛かってきた。
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容赦のない死をプレゼントされた、野盗どもの亡骸に、一陣の風が吹きすさぶ。
それらに目もくれず、タイランは横たわる少女に黙祷を捧げていた。
「すまない。助けることが出来ず」
少女はすでに事切れていた。
タイランが助けに入った時にはすでに亡くなっていたようだ。
腹部に流れ出た血のにじみが浮かんでいた。
「どうみてもエスメラルダの兵のようだな。年若い、という事はおそらく伝令か」
遠くにこちらを心配げに見つめる乗馬の姿も見える。
「ごめん」
タイランは少女の鎧下をまさぐった。
予想の通り、肌身離さず隠していたのだろう。
密書の類が見つかった。
中身は戦況報告だった。
とりたてて不審な点は見つからない。
「単なる物盗りなのか」
野盗どもの亡骸のひとつに歩み寄る。
「立て。死んだフリで誤魔化せるとでも思っているのか」
「……か、勘弁してくれよ」
のそのそとその男は立ち上がった。
「念のためひとりは生かしておこうと峰打ちにしておいたのだ」
「み、見逃してくれよ……オレたちはただ命令されただけで」
「ほう」
やはり見立て通り、なにか裏があるらしい。
「何を命令された? 正直に言わねば」
「い、言うって! カムルートへのエスメラルダの伝令を見つけたら殺せって……」
野盗どもはどうやらハイランドの盗賊ギルドに属する末端であるようだった。
ギルドマスターの命令で、伝令を殺した後、近くに待機する仲間にその旨を報告するよう言われていたらしい。
その仲間とやらの居場所を聞き出すと、タイランは容赦なくその悪党を斬り捨てた。
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「遅いじゃないかッ! なにを手こずって……ッ!」
街道から幾分離れた雑木林で、その女騎士は斬り捨てられた。
仲間の盗賊どもが現れると思いきや、赤い鳥の騎士であったことに驚きの顔をしたまま。
「この女が着ている鎧、これもまさしく翡翠の星騎士団の鎧」
だがタイランはこの女の正体を野盗から聞き出していた。
先程の少女のように女の死体を検分すると、懐から少女の密書と似たものが発見された。
「この女の正体も盗賊だ。伝令とすげ代わり、このニセモノの密書を届けるつもりだったようだが」
それにどんな意味があるのかまでは、末端の手下どもには教えられていなかったらしい。
タイランは偽の密書の封を解き、中身を改めた。
「これは……なるほど。サトゥエ女王がこれを知れば、おそらく兵は、退かせられる」
タイランはすぐさまその場を後にした。
再び赤い弾丸と化し、そして瞬く間に蒼狼渓谷を飛び越えたのだった。




