305 侵略者を撃て!
想定外のスピードだ。
南門の城壁上でトーンは歯噛みする。
街の外から撃ち込まれる巨大な岩の弾丸は、エスメラルダの翡翠の星騎士団による投石機によるものだ。
その弾数が多い。
戦場に展開された投石機の数は四基。
それほど多いわけではない。
だが驚異的なのはその装填スピードだ。
弾である大岩を発射台に設置する。
その作業をあろうことか、銀姫がひとりでこなしていた。
兵はただ発射装置を起動することに専念すればいいだけだ。
全身を鏡のような光沢を放つ、ピッチりとした銀色のスーツに身を包む。
そして背中から伸びた巨大な手が四本、並べられた大岩を次々と鷲掴み投石機に装填していく。
立て続けに間髪いれず発射される大岩は、着実にカレドニアの街を守る城壁を削っていた。
ドゴォンッ!
その轟音はしかし大岩によるものではなかった。
「命中ッ!」
それはハイランド側、城壁上から放たれた大型弩砲の一撃が、エスメラルダの投石機を一基破壊した音だった。
「でかしたッ」
トーンが喝采を挙げる。
しかしその顔がすぐに曇った。
大きな支柱を砕かれ崩れ落ちようとしたその投石機を、なんと銀姫ナナが片手で支えたのだ。
巨大な攻城兵器である。
その崩れ落ちる重量を片手で持ちこたえる娘がどこにいようか。
ナナの手から滲み出した銀色の液体金属が、壊れた支柱にまとわりつくとたちまち硬化し、投石機は崩れることなく自立した形を保つよう補強された。
ナナはそのまま投石機から離れることなく、背中に生えた四本の腕を使い、大岩の装填を再開した。
「化け物め」
それを見てトーンが城壁に拳を叩きつけた。
そのトーンからわずかに離れた位置で、アカメも同じようにこの戦局を見つめていた。
彼がこの指揮所に立ち入れたのはひとえに第二皇子レームによるところが大きい。
「こ、後輩よ。なにゆえこのように危険な最前線にまで、吾輩たちが立ち入る必要がある」
同道を願い出たレームにトーンは一言「好きにしろ」と言ったのみだ。
端からレームに戦場での活躍など期待していない。
それはレーム本人も同意見だったのだが、後輩のたっての願いとあれば聞き届けてやりたいと、アカメを連れてはせ参じたのだ。
今ではたっぷりと後悔していた。
「銀姫の戦い方を見ておきたかったのですよ」
こちらを振り向きもせずに答える。
「危ないぞッ」
身を乗り出して食い入るように見つめるアカメの足を引きずり下ろす。
たった今までアカメの頭のあった位置を何本もの矢が掠め飛んでいった。
エスメラルダの第三軽装弓騎兵が射程範囲に侵入してきたのだ。
「しかし、まったく持って出鱈目であるな、姫神というのは。見たまえ、銀姫を。体を自在に変形させておる。体積も質量もまるで無視だ」
レームが捲し立てる。
「こんな相手、人間ばかりか亜人ですら戦争の常識からはかけ離れている。まともに相手してては太刀打ちできんぞ」
たかが娘ひとりの不条理に戦況が左右されていては、戦術もなにもあったものではない。
「いっそ姫神同士の一騎討ちでもしてもらった方がよっぽど被害が出ないであろう」
「それはそうでしょうが」
しかしアカメは知っている。
姫神であろうと心は普通の少女と変わらない。
要は彼女らを悪用する輩が悪いのだ。
姫神自身にこの世界をどうこうする気など元々なかったのだから。
「とはいえ皇子、銀姫も好き放題というわけではないようです」
「ん?」
「ご覧なさい。崩れた投石機を自身の身体で補強しましたが、依然としてそこから離れようとはしません」
「で、あるな」
「どうやらあの変形は身体から切り離すことは出来ないようです。飛び道具を作らず投石機に頼っているのがその証拠」
「で、あるな」
「動けないのなら銀姫を集中砲火するのも容易いはず」
「あ、兄上に進言しよう」
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「言われんでもわかっておるわッ」
トーンは目の前に立つアカメとレームを恫喝すると、すぐに射撃の命令を下した。
雨のような矢が銀姫に集中する。
だが銀姫は身体の前面を使い、身を覆い隠すほどの大きな盾を生み出すと、全ての矢を弾き返してしまった。
「続けてください。同時にバリスタを装填」
「わかっておる!」
「残りの投石機全てに照準を」
「たわけがッ! 銀姫を狙えば済むことよッ」
城壁上の三基のバリスタから銀姫へ巨大な一撃が見舞われる。
しかし矢を弾き返していた壁のような盾が丸みを帯びた形へ変形すると、すべての攻撃はいともたやすく逸らされてしまった。
「狙うは投石機です、それも出来れば支柱ではなく、より複雑な機械部分を」
再度のアカメの指示にトーンは歯軋りするばかり。
素直に聞きたくない様子のトーンにアカメは諭すように告げる。
「よいのですか? このままではまたしても、箱を持ったゼイムス皇子に手柄を横取りされてしまいますよ」
「ぐ……貴様ァ、覚えておれよッ」
やむなくトーンはアカメの言う通りの命令を出す。
三基のバリスタから発射された各々の二撃目は、寸分たがわず残りの投石機の機械部分に命中、破壊した。
「チッ」
盾の裏側でナナが舌打ちする。
鋼鉄神女の能力で補完するには規格外だ。
「素晴らしい! さすが大陸随一の戦闘国家ハイランドです」
「フンッ」
アカメの称賛にトーンは無関心を貫いた。
しかし戦場を望めばエスメラルダが一時撤退を開始している。
どうにか一時的にも防衛を達成できたようだ。
「すごいな後輩よ。我が軍が一泡ふかせるところを見たのは何年ぶりか」
「いいえ皇子、無能な兵などいません。あるのは無能な指揮官だけです」
レームが顔をひきつらせトーンを盗み見る。
幸いにも今の会話は聞かれなかったようだ。
「それで、この後どうなる?」
「この戦争の行く末を握る人物は三人います。そのうちの二人には手を打ってありますが、残りのひとり」
アカメが神妙な顔をする。
「ゼイムス皇子に軍配が上がるのだけは、なんとしても防がねばなりません」




