003 三匹のカエル
その日は初夏とはいえ、なんとも蒸し暑い夜だった。
西の辺境大陸の西寄りに位置するここ、カザロの村は、周囲を沼と森に囲まれた山間の村だ。
その村を見下ろすように、聖なる山々が連なる霊峰、ゴズ連山がそびえている。
冬には一面真っ白に覆われるが、夏の間は緑が生い茂る、自然豊かなこの村は、しかし滅多に旅人も寄り付く事がない。
それほどに辺境と言えるこの村は、それゆえにとても平和でのどかな村なのであった。
その日の夜も、晴れ渡った夜空の下、楽しげに村人たちが合唱をして楽しんでいた。
かーえーるーのーうーたーが……
ゲコゲコゲコゲコ……
中央広場にほとんどの村人が集まっていた。
特別なお祭りというわけではない。
ただ、誰ともなく歌いだし、それに合わせてひとり、またひとりと合唱の輪に加わりだす。
ここはカザロの村。
実は人間の村ではない。
そもそもこの地に、人間の営む土地などほとんどない。
ここが辺境大陸、または亜人世界と呼ばれる由縁だ。
毎日が平和なこのカザロ村の住人は、フロッグマン。
水と雨を親しむカエル族の村である。
そんなカエルたちの中心に、デン! と一際大きな体の持ち主が居座っている。
巨体を大きくゆすりながら、にこやかに皆の合唱に聴き入っている。
それは大きな、とても大きなカエル族であった。
座っていても、平均身長一二〇センチ程のカエル族のなか、さらに頭ひとつ分、でかい。
藍色の着流しを着た巨大なカエル。
深草色の肌に黒いライン模様が美しく流れる。
刻まれたその顔の年輪から、かなりの高齢であることが伺える。
そして驚くことに、身体中無数の刃物によるであろう傷跡が見え隠れしている。
一見、恐ろしそうなその風貌も、好々爺然としたその顔からは、威厳こそあれ、畏怖は感じられない。
彼こそがこのカザロ村の長老、カエル族達を束ねる大クラン・ウェルである。
三十年前、東の緑砂大陸から侵略してきた人間達と、この西の辺境に住む亜人連合軍との間で戦争があった。
その戦争において、怒涛の戦果を挙げ、何物も恐れない勇猛さから水虎将軍として称えられた英雄、それがこの大クラン・ウェルである。
戦争終結後、戦に飽き飽きした大クランは、辺境の大陸と言われるこの西の大陸の、さらに奥深いこの霊峰ゴズ連山のふもとに村を作った。
そして一族を招いて安寧の地と定めた。
それがカザロ村である。
みな、夜も更けてきたというのに、酒や料理を楽しみつつ、声を合わせ歌い続ける。
何もないが、のどかで平和なこの村の、これがいつもの光景であった。
しかし、そんなつつましやかな夜に突如異変が生じた。
晴れ渡った静かな夜空に一条の白光が閃いたのだ。
その白い光は、村の裏にそびえるゴズ連山の西端、村人たちに白角の舞台と呼ばれ、崇められている聖域の辺りにまっすぐ突き刺さった。
それは一瞬の出来事であり、それが持つ意味を理解した者はいなかった。
だが、そのたった一条の白光に、大クラン・ウェルは並々ならぬものを感じた。
そこで至急、白光の落ちた聖域へと、調査員を派遣するよう命じたのだ。
選ばれたのは三名の若者。
一人目は長老の息子ウシツノ。
本名は長老と同じクラン・ウェルという。
村人は長老を大クラン、彼のことは小クランと呼び分けるのだが、彼には頭部に小さな二本の突起があり、牛の角に似ていると、いつしか「ウシツノ」とあだ名されるようになった。
頭はあまり良くないのだが、気立てがよく、なにより村一番のチカラもちであった。
二人目は「自称」勇者アマン。
とても好奇心旺盛で、この手の話には首を突っ込みたがる性分。
その性格もあってか行動力は頭抜けており、この手の場合に都合がよかった。
三人目は識者アカメ。
村で一番の高身長だが、一番のやせっぽちであり、正直体力仕事は苦手である。
しかし大変な博識で、数年前まで大きな街の大学院に在籍していた、カエル族としては異例の秀才である。
この夜に限っては、彼以上の適任はいないだろう。
以上の三名が、夜が明けるのを待って、聖域へ調査に赴く事になった。
待ち受ける運命の分かれ道に、彼らはまだ気づいていない。
2020年6月27日 挿絵を挿入しました