292 支配の仮面
「助けたい人、ですか」
シオリの助けがいるということは何かしらの怪我人なのだろう。
「聞きたいのだが、白姫よ。死人も治せるのか?」
(ああ……やっぱりそういう期待、されるよね)
万物を治すことのできるシオリだが、生命活動の終わったものを治すことはできない。
それはもう「治す」の範疇を超えているんだと思う。
「それは……」
しかしもし期待に応えられないとわかったら、どんな目に遭わされるのか。
「できないんです」
それでも正直に答えた。
銀姫には誠実に接することが正しい対応だと感じたのもあるが、それよりも嘘をつき続ける事の方がシオリには耐えられないからだ。
「やはりそうか」
だがナナはそれほど落胆した様子はない。
むしろ想定していたようでもある。
「ごめんなさい」
つい謝ってしまう。
「いや、だが死ぬ直前なら治せるのだろう?」
「それは……治せます」
ナナとマユミが頷きあう。
「治してほしい人は……ハナイ様は今、死を迎える直前の状態のまま、クリスタルに包まれているんだ」
「クリスタル?」
「私の、失態でな」
その時ばかりはナナの顔に自責の念が伺えた。
「一時はだいぶ自暴自棄に陥った。ハナイ様を誘拐したエルフたちにも容赦はしなかったし、ハナイ様のいたエスメラルダのためならばと、騎士団を動かし戦争にまで手を染めた」
求められるまま、銀姫として戦乙女の役に徹してきたという。
「愚かなことだ。そのために犠牲になった者もいただろう。その罪は必ず償う。そう思えるようになれたのは、戦場で相まみえた桃姫から、ハナイ様がまだ生きていると聞かされたからだ」
「白姫ならきっと助けられるよ」
二人にすがる目で見られると、ここへ連れてこられた経緯もスッパリと忘れられる。
「大事な人なんですね、その人。……わかりました」
二人の顔に安堵が浮かぶ。
「でも、それならやっぱり私の剣があった方がいいです。姫神になれた方が」
「確かにその方が確実だな」
「剣はハイランドの街にあるはずよ」
「うん。わかった。シオリさん」
「はい」
「明朝、あなたを街へ送り届ける。無理やり連れてきて悪かった。どんな罰も受けよう。だからハナイ様を助けてほしい」
そう言って頭を下げる。
それを見たマユミもナナの隣で同じように謝罪した。
「い、いいんですよ! 事情が分かったんだし。私にできる事なら喜んで、その人を助けてあげたいと思います」
「ありがとう」
「ありがとう」
二人が心の底から感謝しているのが伝わり、シオリの心も満たされる。
やはり姫神同士でもちゃんと話せば心が通じ合える。
一緒に頑張ることができるんだ。
その夜は安堵と喜びを嚙みしめながら過ごすことができた。
三人はこれまでこの世界でどんな体験をしてきたか。
何を見て、何を思ったかを語り合った。
そうして時間は過ぎ、やがて眠りに落ちる。
そして夜が明けた。
「起きろ! 出陣の時間だ!」
微睡んでいた意識が唐突に引き起される。
「え!」
シオリは数人の女騎士たちに荒々しく起こされると、有無を言わさず縄で上半身を縛られ引き吊り出された。
「や、やめて! どういう事! ナナさんは」
「そのナナ様のご命令だ! お前は捕虜として我がエスメラルダ星屑隊が預かる」
わけがわからない。
昨晩ナナとマユミの二人と和解し、今日は無事に街へと連れて行ってくれると言っていたはず。
騎士に縄尻を引かれ、甲冑姿のナナの前に引き立てられた。
「ナナさん!」
しかしシオリの声が届かないのか、ナナは部下と険しい顔つきで作戦指示を出していて、こちらに見向きもしない。
シオリは縛られたまま四頭立ての馬が引く檻車に押し込められてしまった。
「どうして! ナナさん!」
「騒ぐな白姫。姫神ひとりで容易に戦況が覆ることぐらい承知しているはず。当然の処置だ」
「なに言ってるんですかナナさん?」
「出陣の指令が下った。これより我らエスメラルダはハイランドに総攻撃を開始する」
「そんな! 昨日はもう戦わないって……」
しかしそれ以上の問答はなされず、ナナは全軍に出陣の檄を飛ばした。
周囲の騎士たちもそれに倣い歩き出す。
「やっぱり、白姫には精神攻撃が効かないのね」
「マユミ、さん」
うなだれたシオリに檻の外から声をかけたのはマユミだった。
またいつものように姫神〈淫魔艶女〉の姿に転身している。
「まさか、マユミさんが?」
「私は万物を誘惑し人形のように操る力がある。けど白姫だけは効かないのよね」
シオリには一切の精神攻撃が無効化される加護がある。
「どうして戦おうとするの? マユミさんだってハナイさんという人を……」
「言うなッ!」
ガンッ! と金属片の寄り集まった右腕で檻を叩くと、マユミは木々の合間を抜けて頭上へと飛び去ってしまった。
「マユミさん……気付いてないんだ……」
シオリは確信していた。
「マユミさん自身も、何かに操られていることに」
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「ここだマユミ」
丘の上に立つチェルシーの元へマユミは降り立った。
「準備は万端だ。今日、ハイランドに新たな英雄が生まれる」
チェルシーがマユミのマスクを撫でる。
「一時的に心を操れる、この〈支配の仮面〉は本当に役に立った。長が面白がって付けたのだろうが、元はオレが献上した魔道具。使い方は熟知している」
ボウッ、とマユミの額辺りが光り出す。
「フフ、そうだなプシュケー。先に長が施した精神の上位精霊のおかげでもあるな」
プシュケーはエルフの長ト=モがマユミにこの世界の言語を理解させるために入れた精霊だ。
結果的にプシュケーの周囲の感情を察知する能力が、支配の仮面の強制力を高める一役を担ったことになる。
「おそらく長も桃姫を利用しようと考えたのだろうがな」
「ん、チェルシー」
「おはようマユミ。さあ、今日は忙しい一日になるぞ」
丘の上から見下ろす平原は、ハイランドの首都カレドニアへと進軍する一面の蒼、バル・カーンによって埋め尽くされんとしていた。
エルフの長、仮面、プシュケーについては
72話「気怠いエルフの女王」辺りのエピソードです




