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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第四章 聖女・救国編

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283/723

283 指南


 ピリッとした空気が広場を支配し始める。

 発生源は二人の剣士。

 ウシツノは自来也(愛刀)を正眼に構え、ケイマンは果心居士(妖刀)を少し傾け前傾姿勢をとる。

 静かに研ぎ澄まされた気を放つケイマンとは裏腹に、ウシツノは額から汗が伝うほどに緊張していた。


(これでは駄目だッ)


 自覚はあるが緊張が解けない。

 地に足がつかず、視界は狭く気分も悪い。

 改めて対峙した剣聖の気に吞まれてしまっている。

 ウシツノの焦りを見抜いたケイマンがひとつため息を付く。


「身体が固い。なんじゃそれは。いついかなる時も臨戦態勢でおれんでどうす――ッ」


 突然ケイマンの刀が鋭く迫った。


 ガギン、と刀で弾く音と共にウシツノは数歩後退(あとずさ)る。

 今のは威嚇だ。

 それはわかっていた。

 必殺だったら今のでとうに死んで(終わって)いた。


「戦う理由がないとか抜かしておったな。戦いはこちらの都合なんぞ聞いてはくれん。おヌシそれでようこれまで生き延びてこれたな」


 返す言葉がなかった。


「フゥーッ」


 頬を膨らませ大きく息を吐く。

 努めて全身の力を抜く。

 改めて相手の姿を見る。


「少しはマシな顔になったか。次じゃ」


 またしてもケイマンの構えはやや前傾姿勢。

 どう斬ってくるか。

 どの方向からも対処できるよう警戒を強める。


「こっちじゃ!」


 ケイマンの切っ先が向かったのは正面のウシツノではなく横に離れたハクニーだった。


「エッ!」

「ッッッ!」


 ギン!


 ドズッ


 寸での所でハクニーに迫る刃を弾くも、鳩尾(みぞおち)にケイマンの掌底が食い込んでいた。


「ぐふっ……」


 その場に膝をついてしまう。


「タイマンだとでも思ったか? 自分らの方が大人数だと油断したか」

「貴様の相手は、オレだろう……」

「そうじゃよ。結果おヌシにダメージが入ったろう」

「…………くっ」


 ウシツノは身振りでハクニーに下がれと伝える。


「ところで今のはよくない選択じゃッた。ワシの刀を弾くでなく胴体を斬るべきじゃった。どうしてそうせなんだ」


 どうしてもなにも……。

 ハクニーを助けるため……。


「娘を救えたのは一時でしかない。おヌシが回復しきらん今、再びあの娘を狙ったとしたら、次はうまく迎撃できるのか?」

「だからといって、ハクニーを犠牲にお前を斬っても意味がない」

「ひとりの命と今後失われるだろう大勢の命を秤にかけるのか? 現実を見ておらんのう」

「はあ、はあ」


 ようやく息が整ってきた。


「そろそろええか? 立て。次じゃ」


 ケイマンの容赦ない攻撃。


「チッ」


 それをかわし立ち上がったウシツノが構えをとる。

 二人は再度向かい合った。

 その様子にシオリは何やら違和感を禁じ得なかった。


「なんだろう? なんだか戦う気がないのはウシツノよりもあの人の方みたい」

「そうだな」


 不意に隣に立った赤い騎士にシオリは驚いた。


「タイランさん」

「オレの目にも剣聖は同様に写る」

「これって、なんだか……」

「ああ。にわかには信じがたいが、奴は何かを残そうとしているのかもしれんな」




 跳躍したウシツノが急降下しつつ剣を振り下ろす。


「ガマ流刀殺法! 質実剛剣ッ」

「その技は前に見たわッ」


 ケイマンは迫る刀を上手にいなし横合いから尻尾の殴打を浴びせる。


「言うたろ! 派手な大技ぶっ放せんでも相手は倒せる。出すなら確実に仕止めんかい。達人相手に二度同じ技は通用せんと思えい!」

「偉そうにッ」


 口の端に血を滲ませながらウシツノが鋭く斬りかかる。


「おうおう、太刀筋がようなってきたぞ」


 連続で打ちかかる斬撃をことごとくいなしつつ煽る。

 頭に血が上ったウシツノの斬撃がますます激しくなった。

 その時だった。


 ビキッ、という音をウシツノは確かに聞いた。

 途端に右肘から鈍痛を感じ始める。

 しかも思うように動かせない。


「剣聖の名に惑わされるな。ワシャあ武芸百般ぞ」


 ちょいちょい、と右手の指を蠢かすケイマン。

 彼の操る不可視の糸は、知らぬうちにウシツノの右肘を極めていたのだ。


「それがどうしたッ」

「むぉッ」


 よもやの斬撃がケイマンをかすめる。

 左手一本で振るウシツノの刀だが、その気迫はいや増していた。

 肘を破壊されてなお増す気迫にケイマンも舌を巻く。


「腕をもがれても失わない闘志はよし。ちとスロースターターじゃがな」

「いつまでも勝手なことをッ」


 連続して打ち込むウシツノの攻撃に次第にケイマンが防戦一方となる。

 ジリジリと後退し始めるケイマンだが、その表情に焦りはない。

 あるのは歓び、そして羨望だった。


(これじゃ! ワシがとうに失くしたもの。闘争心と向上心じゃ)


 それはこれからテッペンを目指す者だけが持ち得る宝物。


(己以外に興味を持たなんだこと、悔やまれる人生であった)


 キンッ!


 ケイマンの刀が宙を舞っていた。


(満足した時、成長も終わる。所詮ワシも、ここまでの器か)


 ウシツノの刃先がケイマンの首に照準を合わせた。

 これで終わっていい。

 そう思ったケイマンだったが、死の宣告は訪れなかった。

 ウシツノは斬らずに刀を鞘に納めたのだ。


「どうした。斬らねば終わらぬぞ」

「どうにも勝った気がしない。勝負は預ける」

「まだそんな甘ったれたこと抜かすか」

「それはアンタの物差しだ。オレはオレの信じる強さを求める」

「そりゃなんじゃ?」

「……上手く言葉にできん。オレの心に納得いくかどうか、だ」


 それほどシンプルな回答があろうか。


(ただ、まあ……悪くない。納得かよ。ワシの方こそ教えられたか)


 老人の顔は憑き物が取れたかのように穏やかになっている。

 その視界に赤い騎士の姿を認めた。


「おヌシもおったんか。クァックジャード」

「ああ」

「おヌシの言った通りやったかもしれぬ。クラン・ウェル将軍は、ワシを待っておったのかもな」

「……」

「今日で〈剣聖〉の名は捨てるわい。これよりは一介の剣士に戻り、心を磨きなおすとする」

「そうか」

「フン。ではな」


 よろめく足取りでケイマンは背を向ける。

 その足元にコツン、とぶつかる物があった。


 パンドゥラの箱であった。


「フン。おヌシら、これを欲しておったな。持っていけ……」


 箱を拾い上げようとしたケイマンの両腕が、突然消失した。

 二本の切断された腕は宙を舞い、赤黒い血の軌跡を描きながら遠くに落ちた。


「な……」


 ウシツノたちも把握できなかったが、ケイマン自身も何が起きたのかわからなかった。

 そこら中に落ちていた兵士の剣や槍が、命を吹き込まれたかのように動き出し、そしてケイマンの両腕を切断したのだ。


「これはパペット!」


 崩れた石畳の瓦礫がパンドゥラの箱を宙へと飛ばす。

 瓦礫にまで生命が宿っているようだ。


「いい子ね、石人形ストーン・サーヴァント


 その箱を受け取ったのはもちろんもうひとりの姫神。


「桃姫か」


 絞り出すようなケイマンの声だった。


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