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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第四章 聖女・救国編

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282 求める強さ


 ズドォォォォォォォォン!



 遠くで強烈な白光、遅れて轟音、続いて吹き荒れる衝撃波が訪れた。

 塵や埃を防ごうと、思わず腕を上げる。


「ペッ、ペッ! 砂が入った」

「すごい音がしたが、東門の方かの?」

「ウシツノたちが向かった辺りだな」


 顔を上げるとひしめく建物群の屋根越しに、黒煙と粉塵が舞い上がっていた。


 シャマンたちは東門から少し離れた歓楽街にいた。

 街を護る外壁からは幾分離れており、まだここまでバル・カーンは現れてはいないようだ。

 彼らは〈メイド・イン・ヘブン〉と看板を掲げる店の前にいた。


「クーンはどうしたんだ? ここらはまだ平気なようだぜ」

「レッキスと店内に入ったきり出てこんのう」


 彼らにとって、この街に縁のある者はほとんどいないが、メインクーンだけ、数日働いたこの店で懇意にした娘が何人かいた。

 みんなそれぞれ事情を抱え働いている。

 そういった悲喜こもごもな身の上話も聞いていたそうだ。


「彼女たちの安否が気になっても仕方なかろう」

「ったく、テメェを皇子に売り渡したクソオーナーがいる店だぜ。クーンも人がいいぜ」


 シャマンの悪態にクルペオが苦笑していると、レッキスがひとりで外へと出てきた。

 遅えぞ、と文句を言おうとしたシャマンだったが、沈んだ表情をしているレッキスを見て態度を改めた。


「どうかしたのか?」


 シャマンの問いにレッキスは出てきた入り口を振り返る。


「殺されてるんよ、店の人たちみんな」

「んぁ?」


 店内はむせ返るほどの血臭に満ちていた。

 いたる所に血だまりと、空になった酒瓶が転がっている。

 メインクーンは床に倒れていた女のそばにいた。

 まだ少女と呼べるあどけなさで、明るい雰囲気と笑顔が魅力的な女の子だった。

 全身を赤い血で染め上げた少女は、まだ微かに息がある。


「けどこいつは……」


 それ以上をシャマンは言わなかった。

 もう助からない。


「じ、嬢王……」


 かすれた声で手を握ってくれるメインクーンを見つめる。

 掛ける言葉が見つからない。


「シにたくない…………」


 少女はこと切れた。


「バル・カーンではないな」


 ウィペットは状況を検分していた。


「獣なら死体を食い荒らしている。誰の仕業だ」

「ウィペット、言葉を選べよ」


 嗜めるシャマンだが、答えはメインクーンの口から出た。


「……剣聖だってさ」

「なにッ」

「あのトカゲじじいッ」


 メインクーンの瞳に、涙と怒りが溢れる。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ウシツノとシオリの目の前に、剣聖グランド・ケイマンが立っていた。

 いつもの飄々とした印象とは違う、実に静かな佇まい。

 それがまた一層の不気味さを醸し出す。

 緊張し始めたウシツノの様子に、シオリも戸惑いを覚えた。

 先に声を掛けたのは剣聖からだった。


「観させてもらったぞ。なるほど、お主らは強いな。だが、ワシの求める強さではない」

「なんだと」


 気色ばんだウシツノだが、構わずケイマンはウシツノの腰元を差す。


「それ、返してもらおうか。ワシのじゃ」


 言わずと知れた、妖刀〈果心居士(かしんこじ)〉だ。

 ケンタウロス族を襲撃した際にタイランに奪われたもので、元々はケイマンの得物だった。


「……返す必要があるとでも」

「こいつと引き換えならどうじゃ?」


 ケイマンは着流しの袖口から何やら取り出してみせる。

 片手にすっぽりと収まるサイズの、青い金属製の小箱。


「そ、それは!」

「ああぁぁあ! パンドゥラの箱ォ」


 その箱を見て叫んだのはハクニーだった。

 戦いは終わったというのに、不穏な空気を汲み取ったのでシオリの元へ駆け寄るところであった。 


 パンドゥラの箱。


 ハクニーの発した単語に広場中の人々は怪訝な顔をする。

 あれはあくまでおとぎ話の産物。

 誰も箱が実在するモノだとは考えていない。

 人々はそう思うが、だが紛れもなく、箱は実在し、そして今ここにある。


 本物の箱なのだ。


「破れた背負い袋から落としたものとばかり。そうか、お前と戦ったあの時に……」


 自分の間抜け加減を痛感した。

 剣聖と互角に戦えた、そういった自負まで崩れ去る。


「ウシツノ……」


 シオリとハクニーが心配気に見つめる。

 箱を見つけた安堵と共に、敵にしてやられた苦みを噛み殺す。

 やむを得ず腰の刀を引き抜くと、鞘ごとケイマンに投げて寄越した。 

 

「うほっ! そうそうこれじゃ! この感触じゃ! 実に馴染む。よう手に馴染む」


 妖刀を受け取ったケイマンは、鞘を投げ捨てると童のような無邪気な顔で刀を数度素振りした。


「箱を返せよ」

「かまわん。こんなもの、端から興味ない」


 ポイ、と無造作にパンドゥラの箱をその辺に投げ捨てる。


「あっ」


 慌てたハクニーが箱を拾おうと一歩踏み出す。


「娘ッ!」

「ッ」


 が、ケイマンの一喝に(おのの)き足が止まる。


「動くんじゃねえよ。斬り合い(スタート)の合図に感じちまうだろうが」


 こちらを見ずに言うケイマンの横顔から、他人の命など一顧だにしないという、得も言われぬ殺気が漂ってくる。

 ハクニーは金縛りにあったように動けなかった。


「で、どうじゃった?」


 何事もなかったように、ケイマンはウシツノに話しかけた。


「どうって?」

「この果心居士の切れ味じゃ。いい刀じゃろ? 誰でもいいから斬りたくなる。何人斬った?」

「あまり斬っていない」

「なんじゃ。せっかくの腕を。勿体ないのう」

「オレは斬るために剣術を……」

「やめておけ」


 すかさずウシツノの言葉を遮る。


「剣術は殺人術じゃ。それ以外の何でもない」

「違う。剣の心得とはッ」

「ペッ」


 ウシツノの抗議に唾を吐く。


「そんなもんはな、己の流派に自信のない者が、箔を付けたくてのたまう言い訳でしかないわ。剣で心を鍛える? 阿呆が。心なんざ無手でもシゴける」

「……ッ」

「ワシは剣に魅了されてきた。斬る、そのシンプルな存在価値がいい」


 ビュン、と刀を振り空を斬る。


「そのワシが剣を振るために求める強さとは、ただひたすらに技量のみ」


 そしてシオリを睨みつける。


「姫神だ? 雷撃ったり、人形を操ったり。それができれば最強か?」

「わ、わたしは……」

「くだらん。そんな事せんでも人は殺せる。この刃を娘、お主の目ん玉に突き立て抉り出したとして、それでも平気でおられるか?」


 ケイマンの平然とした物言いにシオリは臆した。

 無敵の姫神であるという自信が揺らぐほどに。

 もしなんらかで変身できず、たったひとりでこの者と相対したとして、はたして冷静でいられるだろうか。


「強さとは心、それを補うは技量よ。派手な術技(マギ)ぶっ(ぱな)しゃあ見映えはええだろうがのう」


 ゆっくりと刀を構え、腰を落とす剣聖は、まっすぐウシツノに照準を合わせた。


()ろうや……水虎将軍の忘れ形見よ。リターンマッチじゃ」

「こんな時にか」

「次がある保証はないじゃろう」


 軍は敗走し、街は獣に蹂躙され、すぐそこまで敵軍は迫っている。


「あんたと今、戦う理由がない」

「剣士が二人向かい合う。それ以外に理由がいるか」

「……だが今はッ」

「まだるっこしい。オメェが相手しねえんなら、代わりにそこら中の奴らを片っ端から斬っていくまでよ」

「なッ」

「ワシを止められるのはヌシしかおらんぞ」


 狂気染みたケイマンの様相に、ウシツノも剣を構える以外なかった。


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