281 神鳴り
広場を覆っていた悲しみや絶望が和らいだ。
誰ひとりあぶれることなく包んだ光は暖かく、何より生きる活力を与えてくれた。
それはたったひとりの天使のような少女によるものだった。
「もうこれ以上、誰も悲しまない世界に」
少女の声が人々の耳に届く。
「わたしは白姫! さあみんな、立ち上がって。 祝福を!」
何かが心を貫いた。
その感触から知らず内に湧き出てくる戦意、高揚感。
兵や人々に生気がよみがえる。
それに気付かず、城壁上から次々と飛び降りてくる巨獣バル・カーンが殺戮の宴を再開しようとする。
「グルァッ」
「う、うわぁッ」
襲撃された兵が咄嗟に応戦した瞬間、いつもと違う感覚に我が身を疑った。
ズドン!
闇雲に振った剣が獣の腕を断ち切ったのだ。
自分にそのような実力がないことぐらいよく知っている。で、あるはずなのに、だ。
「えっ」
そのようなことは彼ひとりではなかった。
「なんだ! この力は……」
「みなぎってくる! 恐れすら感じないぞ」
同様にシド隊長も自分の力に驚嘆していた。
剣を振るう腕が軽い。
よもや自分にまだこれほどの力があったとは。
だが獣は兵だけを相手にしているわけではない。
「きゃああっ」
戦う力を持たない一般市民にも容赦なく爪が振り下ろされる。
「しまっ……」
「輝く盾」
シオリが両手を広げ新たな術技を唱える。すると、
ガギン!
一瞬だけ光る盾が出現すると、攻撃したバル・カーンの方が逆に弾き飛ばされていた。
「ええっ……」
見るとその光る盾は次々と、大勢の人々を守るように現れては消えを繰り返す。
あらゆる衝撃を弾き返す自動防御の光る盾が、広場中の人々のために張り巡らされている。
「これもあの少女の力なのか!……なんという」
しかしシド隊長もいつまでも驚いているばかりではなかった。
今ある現実を受け止め、今できる最大限を尽くす。
「衛兵! もはや我が死を恐れる者はおらんだろう! 光の加護を信じ、バル・カーンどもを駆逐しろ!」
「おおっ!」
形勢が逆転した。
それもひとりの少女によってだ。
市民たちの避難は着実に進み、兵たちの武勇は積み上がる。
「いけるッ」
そう思い始めた時だった。
外壁を破壊しより大きな、より獰猛なバル・カーンが広場になだれ込んできたのだ。
「ゴア・バルカーンだぁ!」
誰かがそう叫んだ。
崩れた壁は役割を果たせず、石壁の谷間から何匹もの新たなバル・カーンが入り込んできた。
通常の蒼い毛並みの奴よりも、ずっとずっと暗い紺色の体毛で、遥かに巨体であり、一様に禍々しかった。
「群れを統率する士官クラスです! より残忍で十人がかりでも手が付けられないような奴ですッ」
「あんなものまでがどうして街に現れるのだ!」
悲壮な部下の報告に焦りの色を隠せないシド隊長の元に、赤い鳥タイランが舞い降りた。
「奴らを操る獣使いがいる。そ奴らを探すんだ」
「クァックジャード! しかし、奴らがいてどうやって……」
恐れを知らぬ戦士となった兵たちをもってしても、本能に刻まれた恐怖までは簡単には消せないのだろう。
ジジジジジジ……
何匹ものゴア・バルカーンが口を開け息を吸い込む。
「火球砲だ! 伏せろ!」
ドン! ドン! ドドドン!
その口から青い炎の球が発射されると街中のいたる場所に直撃する。
壁や石畳が破砕され、大小の瓦礫が宙を舞い飛ぶ。
「シオリ殿ッ! オレに」
「うん!」
なおも立て続けに撃たれる火球を避けながら、シオリの横を駆け抜けたウシツノが愛刀の自来也を両手持ちにすると大きく跳びあがる。
その跳躍で獰猛なゴア・バルカーンの真上へと行く。
シオリが身を屈めながら剣を大きく振る。
「受け取ってぇ! 電刃ッ」
ズバァァァッン!
シオリの剣から放たれた雷がウシツノの刀に迸る。
放電する刀を構え、急降下しながら必殺の剣を振るう。
「ガマ流刀殺法! 神鳴り質実剛剣ッ」
ズドバッシャァッ!
一刀両断。
まっぷたつに裂ける巨獣の身体にさらに雷撃が追い打ちをかける。
「弾けろッ」
バリバリバリ、と薙ぎはらう電撃の刃が続けて別の巨獣も撃退する。
「オオッ!」
その様に兵たちの間から歓声が上がる。
二匹、三匹とより凶暴なゴア・バルカーンを斬るウシツノだが、壊れた壁の間からはまだまだ新手がやってきていた。
「さすがにキリがないぞ!」
「ウシツノさん! 避けてェ」
「ッ!」
シオリの声にウシツノが大きく横っ飛びする。
その跡を強烈なシオリの稲妻光線が飛ぶ。
「降り注げッ! 天雷ッ」
光線が上空へと曲がると突如、まるでカミナリが雨のように無数に無慈悲に降り注いだ。
ズドォォォォォォォォン!
そして群れの中心にひときわ特大のカミナリが落ちた。
衝撃と破壊音に誰もが圧倒された。
それは血に飢えた獣も同様。
燻る黒煙をたなびかせながら、遠巻きに難を逃れた獣どもは遂に退散し始めた。
「や、やった」
誰かの呟きが、やがて大きなうねりとなって、広場中でシオリとウシツノを喝采する声に変わる。
「すごいッ」
「助かったのね」
「あなたたちのおかげだ!」
兵だけでなく、周辺から流れ着いた避難民やこの街の住民、誰もかれもが助かった奇跡に浮かれた。
そしてシオリとウシツノの前に、ふらりと歩み寄る者もいる。
「たしかに、並の剣士どころの腕ではない。大したものじゃ」
「ん?」
おぼつかない足取りで、だが決して弱々しい印象などでなく。
「お、お前……ッ!」
ウシツノの顔に緊張が走る。
「なにしにきた……」
それはトカゲ族にして剣聖グランド・ケイマンなのであった。
2020年12月15日 66話「シオリ、その奇跡と引きかえに」に挿絵を追加しました。




