269 手錠アクション
崩壊を始めた第一の塔でシャマンは窓から身を乗り出していた。
「ダメだわからねえ! レッキスの奴、どこに落ちやがった」
「シャマン、ひとまずここは危険だ」
次第に大きな瓦礫が塔から剥離し落下していく。
室内に退避するとウィペットと脱出を図る。
「上から崩壊がひでえ。あいつら大丈夫か」
この部屋の直上にギワラとクルペオがいたはずだ。
「あの二人ならば我らよりよっぽどすばしっこい。平気だろう」
金属鎧で身を固めたウィペットからしたらそうだろう。
潜んでいた部屋を出る。
もはやコソコソとしていることもない。
通路には他にも逃げ出そうとしている使用人の姿が見えた。
対照的に無機質に仕事を続けているパペットの姿も多く見える。
掃除をしているホウキ型パペット。
配膳の準備をしているメイド型パペット。
花瓶の花に水をやっているジョウロ型パペット。
みな体は金属の寄せ集めで、必ずしもヒト型とは言えない。
「この城は人間よりパペットの方が多いんじゃねえか」
シャマンが顔をしかめつつそう漏らす。
幸いシャマンたちに注意を払う者はいない。
「地下へ降りよう。もと来た通路から脱出するんだ」
「うむ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ブォン!
重装人形の振り下ろす斧がアカメの鼻先を通り過ぎる。
「ヒッ!」
思わず鼻に左手を伸ばそうとしてその重さにハッとする。
「うわっと」
そのせいで右腕を引っ張られたメインクーンが、左にいた重装人形へのとどめを刺せずにつんのめる。
「アカメッ! 邪魔すんにゃ」
「クケケケケケケ」
ガチャガチャッ!
二人を繋ぐ鎖の手錠がけたたましく笑う。
「「うるさい」 にゃっ」
二人が声をそろえて鎖を叩く。
この手錠も桃姫の魔力で動く生きた手錠なのだ。
自身の意思で拘束を施すため、開錠するための鍵穴もカギも存在しない。
「桃姫を売り込むのに魔道商人を名乗るのは上手い考えでしたね」
「感心してる場合かにゃッ」
桃姫をこの国の来賓に迎えさせるための方便としては最適だと、アカメはチェルシーという男を評価した。
「危ないッ」
「うわわわっ」
メインクーンは繋がれた自身の右腕を強く引き、アカメを強引に転ばせる。
アカメの頭のあった空間をパペットの斧が空振りした。
同時にアカメの上を跳び越えメインクーンのキックがパペットの顔面にヒットする。
フワッと広がったウェディングドレスの白いスカートに隠れてパペットの姿が見えない。
ズシャン、と倒れる音がして、パペットの頭部を覆う鉄仮面の隙間に白いハイヒールのヒール部分が突き立っていた。
「立って!」
アカメの脇の下を抱えて立たせると、残ったもう片方のハイヒールを脱ぎ捨てる。
「走って!」
並んで走り始めるが、目の前にもう一体のパペットが立ちふさがる。
「引っかけて!」
「え、え、え? こうですか?」
両脇をすり抜けながら間の鎖をパペットの脚に引っ掛けすくい上げる動作をする。
ガシャァッン!
見事に転んだパペットを見向きもせずに通路を走る。
「カギがないなら叩っ斬るにゃ」
走りながらメインクーンが持っていた剣で手錠を斬る。
「クケケケケケ」
「ん! この! この! 避けるにゃ」
手錠は鎖をくねらせメインクーンの剣を避け続ける。
その動きに振られるアカメが慌ててメインクーンを押しとどめた。
「桃姫の魔力で動く手錠です。簡単には斬れませんよ」
「じゃあどうするにゃ」
「これは呪いの一種です。解除するには……」
「危ないッ」
横合いから現れたパペットに不意を突かれた。
幸運なことに相手も攻撃態勢に入っていたわけではなかったので、お互いがぶつかり弾き飛ばされるだけで済んだ。
「ひぇ~」
泡を食っている暇はない。
続けて何体ものパペットが侵入者を排除しようと集まってくる。
メインクーンはすかさず立ち上がり身をひるがえそうとするが、その素早い動きにアカメがついていけるわけもなく。
「どひっ」
避けれた、と思った攻撃が間一髪スレスレすぎて肝を冷やす。
続けて群がるパペットが剣や斧を振り回す。
左へ避けたつもりが右腕の手錠に引っ張られ、跳び越えてやり過ごそうとしたが右腕の手錠に引っ張られ。
「動きずらいにゃっ!」
「そう言われましてもッ」
「んもぉ~ッッッ」
業を煮やしたメインクーンが両腕で手錠の鎖を掴むとアカメごとぶんぶんと振り回し始めた。
「うわわわわっわわわわわ」
「蹴りまくれにゃあッ! ア、カ、メェ~」
言われた通りメチャクチャに振り回されながらメチャクチャに足をバタバタとさせる。
カエル族は元来脚力が強い。
ジャンプ力に目が行きがちだが、その力はキック力にも応用が効く。
などと考えている余裕もなく、目を回しながらの二人の共同作業でパペットを退かせる。
「にゃあ、にゃあ、もう無理ぃ」
「目が回り、ます」
やがて回転が止まるとふらふらともつれ合いながら壁にもたれてしまう。
「ひどいです、うぷ」
抗議の声を上げようとしたアカメだが、更なるパペットの登場に止む無く中断する。
「やばい、目が回るにゃ」
「た、立てませんよ……」
目前に迫ったパペットが大きなウォーハンマーを振りかぶった。
「……ッ! 危ねえッ! メインクーン!」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
パペットの向こう側にシャマンとウィペットの姿が見えた。
急いでこちらに駆けてくる姿も。
かろうじてハンマーの重たい一撃をかわす。
だがそのハンマーが直撃した場所が悪かった。
豪華な廊下を彩る豪華な窓枠。
西日が射し込む幻想的な宮殿の廊下。
その窓枠が吹き飛んだ。
周囲の壁も脆くも崩れ去る。
崩壊する壁に合わせるように、瞬間的に風が唸りを上げる。
目が回りふらつく脚で壁にもたれかかっていた二人は、突如消失した壁と共に外へと落ちてしまった。
「クーンッッッ!」
着なれないウェディングドレスが風に煽られたのも一因かもしれない。
とにかく二人がハッとした時には、すでに中空に投げ出された後だった。
駆けつけたシャマンとウィペットがパペットを殴り飛ばし破壊された壁から外を見る。
「クーン! アカメ―」
そんなシャマンの声は意外なほどすぐ近くで聞き届けられていた。
「にゃあ、にゃあ……た、助かったにゃあ」
「はぁはぁ、そうですね」
二人は外壁に突き出した一本の剣にぶら下がっていた。
それは白く、長く、そして美しい剣であった。
「なんでこんなところに剣が刺さってるにゃ」
「この剣は! これはシオリさんの剣! ではウシツノ殿は!」
アカメが周囲を見渡すが当然ウシツノがいる気配はない。
「ん? 待つにゃ。手錠がおかしいにゃ」
「え?」
見ると先程までうるさかった手錠が沈黙している。
二人は手錠の鎖を剣の刃に引っ掛ける形でぶら下がっていた。
「これは状態治癒! シオリさんの剣が手錠の魔力を無効化しているのです」
「てことは?」
「この手錠はいわば状態異常でした。それが解けたという事は……」
ピキッ
鎖に亀裂が入る。
二人分の重さと刃の切れ味が合わさった結果。
「当然鎖は断ち切れます」
キィン
「にゃああああああああ」
鎖の切れた二人は再び落下し始めた。
その後を追うように、重みで外壁から外れた白い剣も後を追う。
夕日を反射しながらクルクルと、美しく剣は落下していった。




