268 ゼイムスという名
崩れ落ちた瓦礫を背後に、ウシツノは周りを抜刀した騎士たちに囲まれた。
ウシツノの前に立つのはこの国の第一皇子トーンである。
肉体美を誇示したかのような、半裸の上から甲冑をまとい、長めの髪を振り乱す。
両手持ちの大剣フランベルジュをなんと片手で持ち上げると、切っ先をまっすぐウシツノに突きつける。
「今オレの機嫌はすこぶる悪い。カエルめ、返答次第では即刻斬り捨ててやるぞ」
トーンはこの惨状を説明しろとイキりたつ。
ウシツノは答えに窮した。
実際のところ、奪われたシオリの剣を取り戻す事に後ろめたさはなかったが、その結果この惨劇を招いたことに変わりはない。
それに先ほど見た、崩落した塔の巻き添えになった者たちへの哀悼と責任も感じていた。
「ダンマリか。ではやはり貴様の仕業なのだな」
答えないという事は答えられないという事。
そう判断したトーンはウシツノを成敗しようと間合いを一気に詰めてくる。
「戦えず仕舞いであったオレの鬱憤を晴らさせてもらうぞ」
ウシツノが両手に持つ刀を確認する。
「二刀流か? せめてもの慈悲だ。死ぬ気でオレに抵抗して見せるがいい。せいぜいオレをたぎらせてみろ」
有無を言わさず斬りかかってきた。
申し分ない踏み込みと振り下ろしだ。
フランベルジュの一撃は下手に受け止めては刀ごと脳天からブッタ斬られよう。
周りの騎士たちは当然の如くそう思った。
ガッ!
「ッ!」
フランベルジュはウシツノの真横、足元の地面に深々と突きたっていた。
トーンの腕が若干痺れている。
ウシツノが刀で打ち払った為だ。
さらにウシツノは一歩もその場を動いていない。
「ほう。少しはやるようだな」
少々驚きの表情を見せたトーンだが、すぐに平静を装うと、剣を引き抜き一歩身を引き、今度は正しく両手で持って正眼に構える。
「これはどうだ!」
先ほどよりもさらに研ぎ澄まされた一撃がウシツノの脳天へと振り下ろされた。
スピード、重さ、共に申し分なし。だが、
ガッギン!
またしてもその場を動くことなく、頭上で二本の刀を交差させトーンのフランベルジュを受け止めていた。
「ヌゥン……ンンッ」
顔を赤くし力ずくで押し潰そうとするのだが、ウシツノは頑として動かない。
周りの騎士たちがざわつき出す。
「ぬくく……、槍だッ! 槍を寄越せィ」
大剣を手放すと素早く差し出された槍を手に、真っ直ぐウシツノの心臓めがけて突きを繰り出す。
「おおっ」
気迫の乗った素晴らしい攻撃。
騎士たちの感嘆の吐息を余所に、ウシツノは身をひねり槍をかわすと軽く跳躍しトーンの脳天めがけて刀を振り下ろす。
「ガマ流刀殺法! 質実剛剣ッ」
「うおおおおッッッ」
槍までも避けられ自身に迫り来る死の刃にトーンが目を見開き悲鳴をあげる。
戦の経験のない彼にとって、初めて殺意を帯びて向けられる一撃。
鍛錬を怠ったことなどなかった。
苦汁をなめた事すらなかった。
己の武にあるのは自信だけであった。
そのはずであった。
刀は寸でのところで止まっていた。
かろうじて目は見開いたままであった。
そむけることはプライドが許さなかったのだ。
「はぁはぁ」
そんなトーンの様子を見て、ウシツノは刀をひき、数歩下がった。
「何故止めた」
「あんたが戦いというものを知らないようだからだ」
「なん、だと……」
「あんたの太刀筋は正直すぎる。頭や心臓に真っ直ぐ打ちかかるのは型でしかない」
「なにッ」
「実戦は、練習とは違う」
いつの間にか地面に尻餅までついていたことにトーンは今更ながら気づく。
「き、貴様ァ! いったい何者だ」
「クラン・ウェル。カザロ村の次期村長だ」
「くっ、おのれ……このオレに恥を……。こ、このカエルを捕らえろ! 王族に対する不敬罪だ」
周囲の騎士たちにまくしたてる。
「やれやれ」
周囲を囲み、剣を向けてくる騎士たち。
しかしたった今、トーンが成す術もなく捻り潰された様を目の当たりにし、腰が引けてしまっている。
この様子なら逃げ出すことができそうだ、とウシツノが思っていると、上空からこの場に舞い降りてくる者がいた。
「お助けに参上いたしましたわ。殿下」
「姫神か」
「ッ!」
それはマユミだった。
尻尾にくるまれた中年女性と、マユミの胸に抱かれた赤ん坊も一緒だ。
「おおっ! その赤子は」
「ゼイムス様!」
「塔の崩壊からお救いしたのか! でかしたぞ娘」
騎士たちが沸き立つ。
そしてウシツノも安堵していた。
桃姫は敵ではあるが、自分が救えなかった者を救っていた。
その事実に複雑な気分も抱いていた。
「ゼイムス、か。その名を持つ者がかつてのこの城にもう一人いたな」
それはトーンの何気ない一言であった。
彼にはゼイムスという名の従兄弟がいたという記憶があった。
父王ブロッソの兄、レンベルグの遺児の名がゼイムス。
父が叔父レンベルグから玉座を奪った折、この国から追い出された哀れな皇子。
その記憶が少年時代からこびりついたままだったのだ。
「この子、ゼイムスっていうの? チェルシーと同じ名なのね」
「……なに?」
それはまた、マユミの何気ない一言なのであった。
魔道商人として、マユミを連れこの国へとやって来たマラガ盗賊ギルドの幹部、美しき青年チェルシー。
彼こそが自らこの国の正当な王位継承者だとはばからない。
部屋へ招き入れた大将軍ジョン・タルボットに幾度もゼイムスと呼ばれていたことをマユミはそばで見ていたのだ。
それを知られたからと言って、マユミにとっては何にも関係ないことであった。
「ゼイムス。あの魔道商人の男が……ゼイムスだと……」
しかしトーンの衝撃は想像以上にデカいものであった。




