261 塔の上のメイド服レッキス
メイド服を着た三人は呆気に取られていた。
「なんなん? この……白い、タヌキ?」
「しゃべったのう」
「……かわいい」
「誰がタヌキだコラァァァァ」
呟いたギワラの声は、檻の中にいる小動物の抗議の声にかき消された。
「うぉぉっ! 口汚いんよ」
「凶暴じゃな」
「でも、かわいい」
「……ハッ!……でし」
我に返ったのか、突然取り繕うようにおどけて見せる。
モジモジした身振りを加えて上目遣いまでのおまけ付きだ。
「……かわいい」
「ギワラさ……こういうの好きなん?」
ギワラだけが魅了されているようだ。
気を取り直して、レッキスは恐る恐る話しかけてみる。
「あの、あなたが……バンさん?」
「そうでし」
タヌキがうなづく。
「ほんとなんか? ちょっと闇医者どういう事なんよ」
頭を抱えるレッキスに代わりクルペオが前に出る。
「何故にこのようなタヌ……小動物が囚われておるのじゃ」
「重要人物だからでし」
自分で言って胸を張る。
「どこが?」
「どこからでもだよ! でし」
「信じられんのう」
「元の姿に戻れれば、お前たちイヤでも信じるようになるでし」
「元の姿?」
「バンは呪われているでし。これは呪われた姿でし。でももうすぐ呪いを解けるでし」
威勢よく指を突きつけてくる。
「ほんとぉ?」
「そこ疑うな! でし」
「ん~…………」
三人は顔を突き合わせ思案する。
「どうするんよ? これ連れてくん? 本当にこれで合ってるん?」
「ここまで来て手ぶらで帰るわけにもいくまい」
「かわいいです」
「ギワラそれしか言ってないんよ」
そこへヒソヒソと交わす言葉を聞いていたタヌキが異を唱える。
「待つでし! バンはここを離れないでしよ」
「え? どうしてさ」
「言ったでしよ。もうすぐ呪いが解けるって。それまでここで待つでし」
「どれぐらい?」
「あの猫耳族の力量次第でし」
「猫耳族だって?」
再び三人が顔を見合わせる。
「ちょっちょっ! 詳しく聞かせてほしいんよ」
「わわわわ、でし」
タヌキの入った檻を掴んでガンガンと揺らす。
「落ち着くでし! 揺らすなでし」
軽くめまいを押さえる姿にようやくレッキスの手が止まる。
「ひどいでしなあ。猫耳族がエロバカ皇子に連れられてきた時にこっそり頼んだでしよ」
「やっぱり、メインクーンだよ」
「なにを頼んだのじゃ?」
レッキスとクルペオが檻の隙間に顔を差し込む勢いでタヌキに迫る。
「うあっ、すごい迫力でし」
「タァヌゥキィ」
再び檻を揺らすレッキス。
「言うでし! 止めるでし! 白姫の神器でし!」
「白姫?」
「それって、あのバカガエルたちが取りに行った?」
「なんでし? 白姫のことも知ってるでしか?」
「そっちこそ、白姫の神器をどうするつもりなんよ」
「言ったでし。元の姿に戻るために呪いを解くでしよ。癒しの力を持つ白姫の神器なら、バンの呪いもきっと解けるでし」
「あんた……いったい何者?」
あまりに事情に詳しい謎のしゃべる生物。
「バンでし」
フッと笑いながら白いタヌキはポーズをとる。
「みなさん、とりあえずこの部屋から出ましょう。メインクーンさんもまだ無事なようですし」
「そうじゃな。なんとか合流できれば」
「バンはここから動かないでしよ。ここで待つと決めたでし。どうしてもと言うなら力ずくで……」
ヒョイ、とレッキスが檻を持ち上げる。
所詮小さなタヌキの入った鳥かご程度の檻なのだ。
「なんたること! なんたることでし!」
「わぁわぁわめかないでよ。そいつはウチらの仲間だからさ、大丈夫だって」
ギワラが窓を開けている。
その窓の遥か下にシャマンとウィペットの待機する部屋があるのだ。
「作戦変更です。レッキスさん」
「ん? なによ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うわわわわわぁぁぁッッッ」
「わめかないでってば!」
「なんたることでし! なんたることでしいぃぃ」
真っ赤な夕焼け空にタヌキとレッキスの絶叫が響き渡る。
ビュオオオオオ!
タヌキの入った檻を腰にぶら下げたレッキスが、王城のほぼ直角に高い外壁を、ロープ一本で滑り降りているのだ。
「風強ッ! 風強いでしッ」
「じっとしててェ」
タヌキのいた部屋は第一の塔頂上付近。
眼下を望めばあり得ないほど人が小さく、いや小さすぎてほぼ見えない。
そこからまっすぐ数十メートル降りた先、そこがシャマンとウィペットのいる部屋だ。
身を乗り出してシャマンがレッキスを見守っている。
シャマンの右腕、装備した剛力駆動腕甲から一本のロープが伸びている。
三番の拡張器具〈ロープアーム〉。
元々はこのロープを伸ばしてシャマンとウィペットが上へとよじ登る予定だったのだが。
「バンってのは人間じゃなかったのかよッ」
「なんとも不思議な、小動物のようだ」
ギャーギャーとやかましく降りてくる二人を眺めながら、シャマンたちは呆然としていた。
「おーいレッキス! もう少しだぞお」
「下から見んなあ」
風が吹かないはずはない。
レッキスのメイド服は、盛大に風にはためいている。
「ブハッ、ブゥファッ」
長いスカートとエプロン、リボンの裾が顔まで叩く。
はためいているどころではない。
これはもう、荒ぶっている。
「慎重にな! ビャッとやってガッとなるなよ」
「ズッ、といかんようにだ」
「二人とも何言ってんだかわからないんよ!」
危険なクライムなのは重々承知だ。
が、逆に言うと警備の目が届かないのは気が楽だ。
こんな高度を見回りできる人間などいやしない。
間違いさえなければもう少しでたどり着く。
「なんでしアレ! なんでしかアレ!」
相変わらずけたたましくわめき散らすタヌキにうんざりする。
「こっち来てるでし! 来てるでしって!」
「んん?」
さっきまでと様子の違う雰囲気に釣られ、タヌキの言う方に目を向けてみる。
バサバサバサッッッ!
「わっわっ」
「うわっでし! うわっでし」
「コウモリの大群だァ」
バササササササッッッッ!
シャマンの声を確認するまでもない。
夕日の向こうから飛んできた、数百羽とおぼしきコウモリがレッキスたちの周りを飛び回ったのだ。
「なんなんよ! こいつら」
それは普通のコウモリではなかった。
というより生物ではないのだ。
全身が金属製の、コウモリの形をしたもの。
「パ、パペット! まさか」
レッキスが、シャマンがウィペットが、クルペオがギワラが、各々の場所からそいつの姿を目にとめた。
赤く染まる夕日をバックに、大空に直立姿勢で浮遊する美女。
羽を広げたコウモリ型のアイマスク、気が狂うほどピンクの長く派手な髪、そして魅惑のボディを惜しげもなく披露する露出の高い黒革の服。
悪魔のような羽根と尻尾を持つ姫神、桃姫〈淫魔艶女〉マユミである。
「なに? あなたたち? 死にたいの?」
息を飲む以外に今のレッキスに何ができようか。
「こ、こんな所でぇ」
「なんたること! なんたることでしッ」
思わずタヌキ入りの檻をグッとレッキスは抱きしめていた。




