亜人世界をつくろう！ ～三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ～

第四章 聖女・救国編

248 ステゴロ

「騎士ですって？」

　名乗り上げたタイランを不振な目付きで見る。

「クヒ、刀をぶら下げた騎士とは珍しい。ちゃんと扱えるのですか」

「へへ」

「ヒヒヒッ」

　ごろつきどもは目前の勝利で気を大きくしているのか、ひとり現れたタイランに対して嘲り、おちょくる姿勢を隠さない。

「そうだな」

　それをひとわたり眺め、赤い鳥は静かに返答する。

「ピィピィさえずるだけのヒヨコども相手に、武器を使うほどオレは大人げなくはない」

　そう言って両手で握り拳を構え挑発する。

「なんだコイツ、舐めてるなぁ」

「ザケやがって！　ヤっちまエッ」

　一斉に襲いかかってきた。

「偉そうな事ほざきながらも結局多勢で襲い掛かる。だから貴様らはヒヨコなのだ」

　タイランはそう吐き捨てると飛びかかってきた者を次々と殴り飛ばす。あるいは投げ飛ばす。

　掴み、倒し、蹴り、また殴る。

　一旦乱闘が始まれば人質もなにもない。

　レッキスのそばで戸惑っているごろつきを、飛び掛かったウィペットがはっ倒す。

「な、なんなんだコイツ！」

「この鳥、バカみてえに強えぞ」

　赤い鳥に対し次第に尻込みするごろつきども。

　それもそのはず。

　気付いたときにはこの場に立っているのは片手で数えられる程度だ。

　多くが床で伸びている。

「バカなッ。お前たち何をしているのですか！」

「どうした？　ボスはああ言ってるぞ。来ないのか？　最後のひとりになるまで向かってきたらどうだ」

「わわっ」

　もはや立ち向かおうとする者はおらず、ゆっくりとタイランはジョナスに向かい歩を進める。

「どいてくだせえ、ジョナス様」

　そこへ立ちはだかったのはあの大男だった。

「おお、ギガント！　よし、パワード・アームの力を見せてやれィ」

「へっ、テメェ鳥野郎が、そこのサルみてえにお前も潰してや……」

　バキンッ！

「グガッア……」

　話の途中だが、タイランのまっすぐの蹴りが大男の右膝を正面から砕く。

　逆向きに曲がった足でたまらず屑折れるところを下から見事なアッパーカットで顎を砕く。

「なっなっ！　卑怯な！　パワード・アームの威力も見せずに……」

「オレも刀を抜かず素手喧嘩(ステゴロ)なんだ。条件は一緒だろ」

　最初からそれが狙いだったのでは、とウィペットとクルペオが目を合わす。

「がっ、がふっ……テ、テメェ」

　膝を破壊され立っていられない大男が、さらに顎を砕かれ口から血を一杯たれ流しつつタイランに右腕を突き出す。

　同時に蒸気が肘から吹き出す。

「危ない！　その腕は」

「ハヤブサ流剣法二の秘剣！ 乱気流(タービュランス)！」

　神速！

　連撃！

　不規則！

　抜刀した刃の軌道がまるで見えなかった。

　カチン……。

　気付けば大男の背中越しにタイランが刀を鞘に納めている。

　ゴトッ、ゴトゴト…………。

　床に魔道具が落下する。

「ッ！」

「使い慣れない刀の割にはうまく斬れたものだ」

　パワード・アームの留め具が全て切り落とされていた。

　パクパクと大口を開け閉めしている大男のなんとも間の抜けた顔であろうか。

「ひぃ」

「ヤベェコイツッ」

　それを見たごろつきどもが蜘蛛の子を散らすように退散していく。

「ま、まってくれぇ」

　足を引きずりながら大男も逃げていく。

　ファントムの部下、ジョナスなどはとっとと姿をくらませてしまっていた。

「クソッ！　テメェら待ちやがれ」

　怒りの収まらないシャマンが逃げようとするひとりを掴み殴りかかる。

　その勢いで殴れば一撃で命を奪えるだろう迫力。

「やめろ猿人族(ショウジョウ)。診療所(ここ)での殺生を私は許さんぞ」

　そう止めたダンテの一言にシャマンは唸りつつもごろつきを解放した。

「礼を言う。タイラン殿。ウシツノとアカメが言うように、ほんとに強いのだな」

「ウシツノの奴、えらい心配してたぜ。姫神の嬢ちゃんはどうした？」

　ウィペットの礼とシャマンの質問に向きつつ、タイランは外の茂みへと向かった。

　雑然とした樹木が手入れもされず軒先に荒れ放題だ。

　そこへ入り込むとやがてぐったりとしたシオリを抱き上げて戻ってきた。

「無事……とも言えんようじゃな」

「ネアンの老医者に指示されここへ来た。ここでなら治せると言われてな。紹介状もある」

　倒れていた寝台を元に戻し、シオリをそこに寝かせてからダンテに封筒を手渡す。

　ダンテが目を通している間、シオリの隣に横たわるギワラが気になった。

「クスリを大量に打たれたらしい。残念だが、手の施しようはないそうだ」

「この者はギルド関係者だったな。さっきの奴らもだ」

「ああ、たぶん何か、ヤバイことになってるな」

　そして全員の視線が今一度ギワラに集中したときだった。

「ッ！」

　いつ目を覚ましていたのか、起き上がったシオリがギワラの髪を優しく撫でていた。

「シオリ」

　タイランの呼び掛けにシオリは答えない。

　熱に浮かされたように、目線も定まらず、心ここにあらずといった風だ。

「その女はもう助からん」

　目を上げたダンテの忠告もまるで聞こえていないようだ。

「な、なんだ」

「なんなの？　この娘」

　シャマンやレッキスもシオリから目が離せずにいた。

　シオリが姫神であることは聞かされているが、実際その能力を見たわけではない。

　異様な雰囲気に動揺していた。

　そんなシオリが何かをつぶやいたようだった。

　するとシオリの手がぼんやりと光り出す。。

　その場にいた全員が、なにか神々しい気分に包まれる。

「なにをしている」

　ダンテの言葉に少しシオリは微笑むと、再び倒れ眠ってしまった。

　光もすでに失われている。

「な、な、なんなんだよ」

「なんだったの、今のはさ」

　訳の分からない状況であったが、しかしそのあとに本当の奇跡を目の当たりにすることとなる。

「ギワラ！」

　それまで死の縁にいたはずのギワラが、意識を失いながらも苦しみ喘いでいたギワラが、何事もなかったかのように起き上がったのだ。

「おめえ」

「なんともないのか？」

「？」

　キョトンとするギワラにどう声を掛ければいいものか。

　誰もが口をつぐんでいた。

　そして唐突に何者かの声が聞こえた。

「おやおや、これは驚きましたね」

　突然の声にギョッとして皆が振り返ると、そこにカエルがひとり、たたずんでいた。

「アカメ！　お前どこに……」

　シャマンの問いに「いやいやいやいや」と手を振りながらシオリのそばまで歩み寄る。

「いやいや、今のは明らかに白姫の癒しの力じゃないですか」

「癒しの力？」

「白姫の？」

「驚きましたね。姫神に転身もせずに力を行使するなんて。シオリさん、あなたもしかして、相当レベルアップしてます？」