231 シオリの脚
登場人物紹介
アカメ カエル族一の博識。
ハクニー ベルジャンの妹。ケンタウロス。
ネズミ ハイランド盗賊ギルド幹部。ネズミは通称。
ギワラ ネズミの妹である女盗賊。兄に似ず美人だが無表情。
ウィペット 〈正義の鉄槌神ムーダン〉の神官戦士。
予想通り、聖都カレドニアは周辺の町や村から避難してきた群衆でごった返していた。
昨日目の当たりにしたネアンの町と似た光景ではあるが、規模は段違いであった。
街をグルりと囲む堅牢な外壁、東西南北に開け放たれた巨大な門には中に入るための長大な列が出来上がっている。
やはり当然のごとく、検問が敷かれひとりひとり身分を改められているようだ。
「ここがハイランドの首都カレドニア。なんという巨大な街でしょうか」
外からでもわかる。
十本の巨大な白い尖塔からなる王城ノーサンブリア。
見たこともない壮観な景色にアカメは圧倒されていた。
「しかしギワラさん。街に入るには相当待たされそうですよ」
「問題ない」
ギワラに連れられて、街から離れた小川へと向かう。
石造りの小さな橋を渡り、白樺の雑木林へと踏み込む。
人の寄り付きそうもないその林の中で、そこにひとりの男が待ち構えていた。
「よう。犬狼族以外は初顔だな。オレがネズミだ」
小柄で細い目と鋭い出っ歯が特徴的な男。
ギワラの兄である盗賊ギルドの幹部、その名も通称ネズミだ。
「事のあらましは聞いている。着いてこい」
「え? ギワラさん、ど、どうやって連絡を取っていたのですか?」
「もちろん企業秘密」
林の中に二頭立ての馬車が待機していた。
馬車には王家の紋章が刻印されており、さらに二人の騎士が待ち構えていた。
「うわっ」
「慌てるな。この二人はオレの部下だ」
「えっ」
「王家御用達の馬車に扮装して検問を抜ける」
「なんと!」
馬車は内装も立派でいかにも貴婦人が乗り込むかのような雰囲気をかもしている。
「それでな、ケンタウロスのお嬢さん」
「なに?」
ネズミはハクニーに指輪をひとつ手渡す。
「カレドニアでケンタウロスがいると目立つんだ。しかも戦士でもないお嬢さんがひとりでいるとな」
「……」
「平時なら珍しいで済むが」
「大丈夫だよ。私は街の外で待ってるから」
「待ってください」
アカメが割って入る。
「確かに同行を許可した時にそういう話もしました。しかし戦争が行われるとわかった以上あなたをひとり置いてはいけません」
そしてネズミに振り返ると、
「高価な指輪のようですが、あれひとつでハクニーさんを追いやるようなことは赦せませんよ」
普段のアカメ以上に気迫を漲らせるのはウシツノやタイランがいないからである。
冷静に、しかし相手に付け入らせない必要がある。
彼はまだシャマンほどにこの盗賊の兄妹を信用しているわけではない。
「早合点するな。そいつは手付金なんかじゃねえ」
ハクニーはネズミに促され、指輪を左手中指に嵌めた。
「いいか? イメージするんだ。自分が人間になったところを」
「ニンゲン?」
「そうだ。足が二本の人間になった自分を想像しろ」
「もしかしてその指輪、マジックアイテムですか?」
アカメの質問にネズミが頷く。
「嵌めた者のイメージ通りに姿を変えることができる指輪だ」
「形態変化! かなり価値のあるアイテムではないですか」
「いや、そこまで値の張るブツじゃない」
ハクニーが静かに目を閉じる。
眉間にしわを寄せながら必死に自身の下半身をイメージする。
しかし数分経っても変化は見られない。
「駄目か。上手くイメージできねえみたいだな。ま、無理もない」
「ハクニーさん。シオリさんとのことを思い出してみてはどうでしょう」
「シオリ?」
「そうです。あなたは毎日シオリさんにお薬を入れてあげてましたよね」
「そっか!」
ハクニーは考え方を改めた。
自身の足が変化しているのではなく、座薬を入れる時に見ていたシオリのことを強く思い描いた。
目の前に足を広げたシオリの姿を思い出す。
「ニンゲンの……足……」
変化があらわれた。
グングンとハクニーの下半身が馬からヒトのそれへと変わる。
「おお」
ものの数秒でハクニーは二本足で立つ人間の姿になっていた。
「やった! やったよアカメ、ありがとお」
飛び跳ねながら歓びハクニーはアカメに飛びついた。
「ぶふぉッ」
平均身長が人間の子供程度のカエル族である。
勢いあまってアカメの顔に両手両足で抱き着いてしまう
馬身には元々何も身に着けていなかったため、当然下半身は剥き出しであった。
「ハ、ハクニーさん。ちょっと……はしたないです」
「ん?」
「上手く行ったな。それじゃあこれに着替えてくれ。ギワラ、お前もだ」
そう言ってネズミが派手でキワドイ女性用の衣装を投げてよこす。
「なんですかその衣装? なんというか、もっと普通の衣服はないのですか?」
赤面するアカメにネズミが今後の案を説明する。
「これでなきゃ駄目だ。今から二人には娼婦の役を演じてもらう」
「娼婦?」
「街に入る為だ」
ギワラに手伝ってもらいハクニーが着替えを終える。
「どうかなアカメ?」
無邪気に笑うハクニーにアカメはなお赤面する。
健康的なハクニーと、艶めかしい衣装というギャップに何とも言えない淫靡さを感じてしまった。
「ネズミさんもありがとう。この指輪も後でちゃんと返すからね」
「いや……事後承諾で悪いんだが……」
少し申し訳なさそうにネズミが答える。
「実はその指輪な、一度嵌めるともう取れねえんだ」
「え?」
「まさか呪われたアイテム?」
「だからそこまで値の張るブツじゃない、と言ったんだ」
「ではもう元の姿には……」
「いや、そんなことはない。その指輪は戻りたいときには戻れる。何度でもな。ただし一度使用した場合はもうそれ以外の形態にはなれない」
「ということは、ハクニーさんはニンゲンの姿とケンタウロスのどちらかに選んでなれるわけですね」
「すごーい! やったね!」
「けど二度と外せねえんだ」
「いいよいいよ! 全然オーケーだよ」
どうやら当の本人は外せない呪いよりも、変身に感激しているらしい。
「だから返してくれなくていいぜ。さ、行こうか」
そして全員馬車に乗り込んだ。
ネズミの二人の部下はそれぞれ馬に騎乗し馬車を先導する。
「門番との交渉はオレに任せてお前らはジッとしてろ」
ガタゴトと揺れる馬車はゆっくりとカレドニアの東門に向けて出発した。




