227 聖都へ
ウシツノたちはペニヴァシュ山を下山した後、まずはシオリが向かった戦場の跡地に足を踏み入れた。
慎重を期して向かったが、あれから五日が経過したとあって、ハイランド軍はすでに撤退していた。
戦場跡地を見渡して、この戦争の特異さが浮き彫りとなったのは、死体と呼べるものがほとんど見当たらない事であった。
それもそのはず。
現在のハイランド兵力の大半は動くパペットに過ぎず、戦場には剣や鎧の残骸ばかりであった。
そのほとんどは雷に撃たれたように黒く炭化しており、触れるとボロボロと崩れ去る。
「よう! 見つかったかい?」
シャマンが歩き回っているウシツノとアカメに呼び掛ける。
「いや、ない」
ウシツノは首を振りながら答えた。
「そりゃ朗報じゃねえか。仲間の死体が転がってねえってこたぁ、まだ生きてるってことだろ」
「捕まったのかもしれぬがな」
「死んでるよりはいいだろ!」
クルペオとシャマンの会話を聞き流しつつ、ウシツノたちはシオリとタイランの足跡を探していた。
そこへギワラがなにかを見つけたらしく、手に捧げ持ってウシツノの前に立った。
「それは、タイランさんの」
ギワラが差し出したのは一本のレイピア。タイランが愛用していたものである。
「おめぇよくその剣があの鳥のだってわかったな」
感心したようにシャマンがギワラに言う。
「常に観察しているから」
「目ざといな。さすが盗賊」
「てゆうか、重装人形はこんな細い剣、使わないし」
「そういうことかいっ」
少しだけ砕けた表情を見せるギワラに、シャマンもついつられて朗らかにツッコんだ。
「それにしても随分手早く撤収したものですね。ハイランド軍は」
受け取ったレイピアを背中に背負うウシツノを見ながら、アカメは何事かと考えこんでいた。
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それから二日ほどして、ウシツノたちは目的地カレドニアの東に位置するネアンという街が見える丘にまで来ていた。
ネアンは人口一万の中規模都市だ。
四方を高い外壁に覆われ、防備は万全に見えるが、長らく戦場になっていないためか、いたる所に風化が見られる。
修繕費を賄うことを後回しにせざるを得ない、ハイランドのこの数十年の苦境が見て取れる。
「ネアンか。あの街ではオレ達はいい顔されねえだろうな」
シャマンたちは〈箱〉の移送という依頼を受けた際、この街の宿屋で大乱闘を起こし追い出された経緯がある。
「でもなんだか様子がおかしくない?」
遠目の効くハクニーが警告する。
街の外壁の外側に大勢の民衆が集まっているのだ。
大荷物を持つ者もいれば着の身着のままの者もいる。
そして一様に疲労を抱えているようでもある。
「なんだ? 随分な数じゃねえか? 街道の向こうまで人の列が見えるぞ」
「難民……でしょうか?」
「どこからのだ?」
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近づいてみるとその異様な雰囲気に一瞬たじろぐ。
なにやら大勢の避難民らしき者たちと、ネアンの街の入り口に詰める衛兵たちとの間が殺気立っているのだ。
「おい、どうしたんだ? 何かあったのか?」
大きな荷物を背負った子連れの家族らしいグループにシャマンは声をかけてみる。
父親らしい中年の男はあまりハイランドでは見かけない、猿人族の姿に一瞬驚いたようだが、ギワラや馴染み深いケンタウロスの姿を見て気を取り直したようで、状況を説明してくれた。
「オラ達は南のウラプールの街から避難して来たんだけども、検問つうて時間ばかりかかってなかなか街へと入れてくれねえんだよ」
「ウラプールから避難? 何かあったのか?」
「知らねえんか? ウラプールの南にあるローズマーキーの街がエスメラルダの騎士団に占領されちまったんだよ」
「エスメラルダの騎士団!」
これには全員が驚いた。
「なるほど。それでハイランド軍が素早く撤収したんですね」
アカメがしきりに頷いている。
「それであなたは次の戦場になるのを恐れてこのネアンまで?」
「んだ。首都のカレドニアへ避難した奴らもいるけれど、オラ達はこっちさ来たんだ。だけんどここの領主様は兵士たちを連れてカレドニアへ行っちまったらしい」
「招集がかかったのでしょう。それでここは人手不足に陥りこのザマという」
避難民は続々と膨れ上がっており、残された衛兵たちでさばききれるか、素人目にも怪しい様相を呈していた。
「こりゃあオレたちもこの街に入るのは難しいんじゃねえか」
ウシツノがうんざりした様子で愚痴る。
「一晩ゆっくりしつつ、この街の医者にもウィペットを診てもらおうと思ったんだがな」
ハクニーの背に乗るウィペットは意識を取り戻しているが、まだだいぶ辛そうであまりしゃべることもしない。
「オレなら、大丈夫だ。死ぬようなケガではない」
「しかしこうなっては仕方がない。ここを通過して、真っすぐカレドニアへと向かうか」
シャマンの提案に異議を唱える者はいなかった。
「あ、ところで。エスメラルダの騎士団について、他に何か知っていることはありませんか?」
アカメが先ほどの男に質問する。
「ん? そうだな。なんでも騎士団を指揮しているってえのがまだ年端も行かない娘っ子だって噂だで」
「娘っ子?」
「そんで周りから〈銀姫〉とか呼ばれているらしいだ」
「銀……姫ッ!」
「おいおいそれってよお!」
みんなアカメに注目してしまう。
「おそらく、姫神ですね。エスメラルダの騎士団ですか……」
エスメラルダの銀姫とハイランドの桃姫が相対する。
「おいどうする?」
「カレドニアへ急ぎましょう。二人の姫神が関係するならば、私たちもその中心に関わっていくべきです」
アカメの提言にウシツノとシャマンが強く頷く。
「ああ。一刻も早くシオリ殿とタイランさんを見つけ出さないといけないな」
「姫神に関わってりゃズアの野郎がまた現れるかもしれねえ。そうしたらミナミの居場所を聞き出してやることもできるッ」
「急ぎましょう」
一行は避難民の群れから抜け出し、一路ハイランドの首都、カレドニアを目指した。




