223 英雄の凱旋
登場人物紹介
チェルシー 元マラガ盗賊ギルド幹部。実はハイランド王位継承者。
ジョン・タルボット ハイランドの大将軍。
軍議が終わり部屋を出た大将軍ジョン・タルボットは、その足でチェルシーの待つ彼の部屋へと向かった。
扉を開けると彼はひとりでソファーに掛け、何やらアンティークな小刀で手遊びをしていた。
「失礼仕る。チェルシー様、ローズマーキーが落ちましてございまする」
「ああ。早かったな」
報告を待つまでもなく、チェルシーはすでにその情報を知っていた。
各地にいる彼の配下が随時新たな情報をもたらすようにしているのである。
「それで、ブロッソ王の判断は?」
「たった今各地の諸侯に対し緊急招集を掛けましてございます。数日内にハイランド中より多くの騎士と歩兵が参じましょう」
「それでは遅い」
「は……ですが、今現在の聖都カレドニアには十分な騎兵はなく……起動できうる限りのパペット兵を用意なされるとのことですが」
無限の兵力を生みだせると知ったブロッソ王は、パペット兵を増産する代わりに多くの騎士や兵士を地方に放逐してしまっていた。
その多くは王に対し心からの忠誠を尽くすことのない者が多く割り当てられており、そしてその数は予想以上に多かった。
「一日足らずでローズマーキーまで攻め寄せたエスメラルダだぞ。諸侯の到着など待てるはずがなかろう」
「仰るとおりでございます」
「パペットを起動したとて、たてる戦術は聖都に籠っての籠城か。それでは国民の生活は守れぬ」
「チェルシー様とは違い、ブロッソ王には戦の経験はあまりございませぬ故」
ジョン・タルボットは勧められ椅子に腰かける。
すると奥から侍女がグラスと酒を持って現れた。
「かたじけない」
タルボットがグラスを受け取ると、一礼し侍女は下がる。
その足音は静かで軽く、いささかの気配も感じさせないほどに。
チェルシーの身の回りに侍る者は、大半がこのような技能を持つ者であった。
あくまで客人の身分である彼が、いつの間に城内の召使にまで自身の部下を紛れ込ませたというのか。
内心で舌を巻く。
「それで、タルボット卿。ハイランドは今般のエスメラルダによる軍事行動には、どういった動機があるとみているのだ?」
「はっ。亜人戦争による負債やマラガ壊滅による情勢不安、経済困窮、それを利用した大司教ライシカの支配欲の暴走。あの女狐めはこの時を待っていたと思われまする」
「ふむ。それで戦争を起こすようでは政治家としては愚かなこと甚だしい。だが……」
「なんでございましょう」
「敵の総大将は銀姫という姫神らしいな」
「はい」
「ライシカも政治家の前に聖職者だ。神秘を宿す姫神に踊らされたとしても不思議はない。いや、利用しようというのであればとんだ似非聖職者とも言えるか。ククク」
ひとり皮肉めいた笑みをこぼすチェルシー。
「実はな、もうひとつ推測がたつのだが。我が方のマユミ……桃姫とエスメラルダの銀姫。この二人には少なからず因縁があるのだ」
「因縁?」
「私も聞いた話でしかないのだがな……」
マユミとナナがセンリブ森林で相まみえたこと。
そこでひとりの女性、ハナイ・サリ司教が犠牲にあったこと。
マユミはおそらく恨まれているだろうとも話していたことも付け加える。
「つまりは、復讐?」
「だとすればこれは銀姫の暴走以外の何物でもない。ライシカは銀姫も騎士団も制御できておらず、エスメラルダは空中分解しているのかもしれぬ」
「なんとっ!」
「そうであった場合、エスメラルダは周辺に多く残る敵対勢力を前に裸同然、ということになるな」
「南のアーカム大魔境。東の五氏族連合」
「他にも細かいのを挙げればきりがないかもしれん。あそこは女が大半を占める国だ。それだけでも侵略する価値がある」
「むう」
「それで、だ。開戦の準備を進めるのも結構だが、交渉の段取りも用意するべきだろう」
「しかし、その案はほぼ却下され申した。銀姫の猛攻に今やその域ではないと王が下され……」
「交渉相手は銀姫ではない。ライシカだ」
「ッ!」
「国内での支持率低下は聞き及んでいる。さらに銀姫の暴走が万が一にでも英雄的行動として大きな恵みをもたらせば……」
「それは我がハイランドが敗れるという事でありますか?」
「万が一だ。そうなれば銀姫を止められる者はいなくなろう。ライシカがそれを望むだろうか」
「……いえ」
「そうだ。故にまずはライシカを見極める。エスメラルダに間者を送り、接触する」
「間者? 使者ではなりませぬか?」
「だめだ。両国は交戦状態に入った。表向きはライシカも銀姫に倣うそぶりを見せるはず。正面からでは会うことは叶わぬよ」
「ですが、適任者が思い当たりませぬ。ブロッソ王も納得するかどうか」
フフ、とチェルシーが鼻で笑う。
「ブロッソに話を通す必要はない。これは私が行う。この戦は願ってもない好機だ。ブロッソの無能を露呈させ、そして私がハイランドの栄光を取り戻させる」
ガッ!
チェルシーが弄んでいた小刀をテーブルに突き立てた。
「これはな、弟が兄を刺殺したという曰く付きのナイフだ。私は父の無念を晴らし、そしてこの国の真の王として、国民の喝采を浴びながら凱旋する日を待ち望んでいた」
「ゼイムス様」
禁止されていたチェルシーの本名を思わず口走ったジョン・タルボットだが、今は咎められはしなかった。
「この日を待ち望んでいた。そして我が手には姫神、桃姫までがある。あとはパンドゥラの箱。あの箱さえ手中にすれば」
抑え込めず、喉の奥から笑いがこみあげてくる。
正統なるハイランドの王位継承者でありながら、盗賊に身をやつし、そしてここまで戻ってきた艱難辛苦の半生が呼び起こされる。
「タルボット卿。信頼のおける者を選び、私に忠誠を尽くすよう促せ。私はこの国に、英雄としてまずは名を馳せて見せよう」
「はっ。仰せのままに」
突き立ったままのナイフの刃に、チェルシーの野望に満ちた顔が映り込む。
その顔は美青年と囃し立てられた甘いマスクなどでなく、覇王を志す修羅の顔をしていた。




