210 アップランドの会戦
「まずは小手調べじゃ。重装人形を千騎、ケンタウロスの集落へ突撃させろ」
ケイマンの指示でおよそ一万の鎧人形のうち、千ほどが先陣を切り動き出した。
単純に、動くがらんどうの鎧である。
桃姫マユミの魔力でもって、まるで生きているかのように蠢く無機物。
金属の擦れる鎧の軋み音だけを響かせて、猛然とシオリたちが息をひそめる集落へと向かい前進を始めた。
「恐怖や自我を持たない兵じゃ。圧倒的な物量差にどう対処しよる? クァックジャードよ」
「ケイマン様、千騎だけでよろしいのですか?」
「エッセル君か。なぁに、奴らは時間を稼ぎたいのじゃ。昨夜遅くに避難民たちが集落を出たそうじゃが、そうそう素早く移動できるものではない。だからなるべくわしらを足止めしたいと考えるはずじゃ」
「持久戦に持ち込もうとしていると?」
「そうじゃ。敵が何人の兵を残しているのかはまだわからぬが、数でこちらが圧倒しているのは確かじゃ。まずはドカンと物量差で叩きのめして、端から戦意をくじいてやるのも面白かろう」
千騎の重装人形が集落へ肉薄していく様を見ながら、さぞ愉快そうに嗤うケイマン。
カカカ、としゃがれた笑い声を発しながらふと上空、晴れ渡った空の半分を覆う雲の切れ間にキラリと光る銀光を見た。
次いで風を切る音、羽ばたく轟音。
視界を埋める青空に、あり得ないほど真っ赤な色の飛翔体がグングンと接近してくる。
いや、そんな悠長な間合いはない。
「鳥ッ!」
ギィッン!!!!
開戦から間を開けることなく一直線にケイマンの首めがけての空襲。
弾丸の如く高速で襲撃に訪れたのはもちろん赤い鳥タイランであった。
タイランの剣閃をケイマンは超反応で抜刀し凌いだ。
しかしその物理的衝撃は強く、さしもの不意を突かれたケイマンは派手に後方に吹っ飛ばされた。
「くぁっ」
頭を振りながら起き上がったケイマンは、目の前ですでに三体の重装人形を刺殺していたタイランと対峙することとなった。
周囲には驚きおののくエッセルと数人の騎士がいる。
なかでも随行している五百の兵のうち、最も位の高い騎士の男が抜刀しタイランに斬りかかろうとしていた。
「やめておけ、そこの騎士。お主ではその鳥には勝てん」
騎士はケイマンのその制止に憤ったが、いつもと形相の違うケイマンを見て渋々引き下がった。
「まあまあ。ここはケイマン様に任せましょう。それにあなたがやられては困ります」
エッセルがその騎士をなだめる傍らでケイマンがタイランに詰め寄る。
「少しお主を見誤っておったよ、クァックジャード。初手から一騎駆けとは、思ったより大胆な男じゃのう」
「手っ取り早く戦を終わらせるためだ」
「表現は正確にせえよ。手っ取り早くではない、これが唯一のお主の勝機なだけであろう」
首をコキコキと鳴らしながら、刀をぶら下げてケイマンがなお詰め寄る。
「そうとは限らぬが、ここで剣聖の首をとれば確かに終いだ」
タイランも胸前に細剣を構え迎え撃つ。
キンッ
それは素早い一閃だった。
剣聖の一撃はタイランの左下から襲い掛かってきた。
レイピアで弾くが続けて軌道を変えた剣が今度は左上から来る。
それも鍔元で押し返しながらそこを支点に剣聖の首筋に斬りかかる。
首を右に逸らしてかわしながらも一歩前に踏み出した剣聖の剣も、赤い鳥の首を切らんと迫りくる。
超絶な反射神経で体を左に半回転してその剣をやり過ごすと、鳥は二歩ほど身を退き、すぐさま新たな突きを繰り出す。
その突きをかわす剣聖に続けて連続の突きを叩きこむ。
キンキンキンキンッ
そのすべてを剣で防いだ剣聖は鳥の呼吸と呼吸の間を見極め反撃に転ずる。
脳天を直撃する勢いの剣戟をしかし鳥も見切っていた。
レイピアを上げて頭上で防ぐと後方へ一回転しながら間合いを取る。
それを追いかけながら攻撃を繰り出す剣聖。
赤い鳥もそれらをいなし、防ぎ、あるいは反撃の剣閃をひらめかす。
数十合の打ち合いが瞬く間に繰り広げられた。
その超人的な攻防がひとまず区切られ、二人の間合いが十分とられると、周囲にいた騎士たちが思い出したかのように息を吐き出した。
二人の立ち合いに目を奪われ、呼吸すら忘れていたのである。
「ッカカカ! やりおるなクァックジャード。わしが手合わせした中でも五指に入る。この数年間では間違いなくトップじゃ」
「オレもだ。剣聖の名は伊達じゃないな」
「なんじゃ? 今更しおらしうしても無駄じゃ。わしの編み出した雅龍新十陰流で、この愛刀果心居士の餌食にしてくれる」
「ならばオレも鳥人族の秘技、ハヤブサ流剣法で相手するとしよう」
再び二人の間に闘気が迸る。
それを周囲も固唾を飲んで見守る。
またもケイマンから動き出した。
ふらっと、水面に浮かぶ木の葉にでも乗るかのように、軽く歩き出す。
「ところで、いいのか? 出陣させた鎧人形をほおっておいて」
「なに?」
突然のタイランの言葉に一瞬呆けたケイマンの遥かに背後、ケンタウロスの集落へ向かっていた千騎の重装人形の方角をタイランが指さした。
するとそれに合わせるかのように、突如、一条の雷光が鎧人形たちの中心に突き刺さり、轟音とともに爆発した。
「な、なんじゃあッ」
「雷です! 雷が落ちた!」
「わかるわッ! そうでなくてなんで雷が落ちるんじゃ」
動揺するエッセルをケイマンが一喝する。
そのケイマンの視界に空に浮く何かが見えた。
「なんじゃ……天使……か?」
ケイマンの目には光り輝く六枚の羽根を広げた少女の姿が見えていた。
「ッ!」
殺気に気付いたのがあと一瞬遅ければ、首が飛んでいた。
天使の姿に見惚れた刹那を見逃さず、タイランのレイピアがケイマンの首を狙ったのだ。
ガキンッ!
かろうじて剣で防いだケイマンを舌打ちしながら一瞥すると、タイランは超低空で滑空体勢に入る。
そしてひとりの騎士に狙いを定める。
最初にケイマンに制止されたあの騎士の男だ。
「すまんな」
目の前に迫ったタイランのその一言が聞き取れたであろうか。
その謎は永劫に解けない。
なぜならタイランによってその男の首は永久に胴体とお別れしたからだ。
その騎士の頭だけを手に取ると、赤い鳥は振り返ることなく高速で大空へと飛翔した。
「チッ。逃げたか……面倒なことしおって」
ケイマンが苦々しく殺された騎士を見る。
彼はこの行軍でパペットとは別に随行した、正規のハイランド騎士五百を束ねる重要な身分の男であったのだ。




