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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第四章 聖女・救国編

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208 三つの要望

挿絵(By みてみん)


 たっぷりと時間をかけて、ゆっくりと歩を進めた。

 ハイランド周辺で最も広大なアップランド平原を、赤い騎士タイランは敵陣に向かいたったひとり歩いていた。

 なるべく多くの兵に見えるように、自分に注意を惹きつけるように。


「ケイマン様。敵がひとり、こちらに来るのを黙って待つつもりですか?」


 草原に胡坐(あぐら)をかき、酒をあおるケイマンの隣でエッセルが尋ねる。


「どうしろというのかね? エッセル君」

「矢でも何でも放てば簡単に仕留められそうじゃありませんか」

「君は戦場の作法を知らんか」

「私の仕事場は事務机の上ですから」


 やれやれ、と肩をすくめると、ケイマンは出来の悪い子供に教えるように話し始めた。


「使者とのやり取りは戦場における作法じゃ。無下にしては無法者とそしられる。わしらはなんじゃ?」

「栄えあるハイランド王国の騎士団……を連れてきている者です」

「ん、ん~、まあそうじゃが……要するに王家を背負って来てるわけじゃ。よってどんな言いがかりであろうとも、理はこちらにある! と、のたまわねばならん」

「はあ~、戦場でも我々役人の書類仕事のようなことをしているのですね~。剣を振っているばかりだと思っていました」

「エッセル君、君が指揮していたら、ハイランドはならず者国家として世界に知れ渡っていたことだろうな」

「清廉潔白では国は運営できませんから」

「さりとて表向きは清廉潔白でなくてはならん。ま、わしには到底無理だがな。カカカ」


 そう言いつつ改めて向かってくる使者の姿を目で追うと、いまだ草原の果てをゆっくりと闊歩している有様であった。


「しかし遅いですね。馬にも乗らずにとぼとぼと歩いたりして。何してるんでしょうか」

「時間稼ぎだろうな」

「時間稼ぎ?」

「奴はわしらが王国から派遣された正規の騎士団だとわかっておる。ゆえに決して攻撃されることはないと承知しているんじゃ」

「ま、まあそうですね」


 一瞬エッセルをジト目で睨むケイマンだが、そこは流して持論を続ける。


「十中八九奴らは今、非戦闘員を退避させることで頭がいっぱいだろうよ」

「逃げる準備中ですか! だったら明日まで待たずに」

「わしの目的は逃がしたあの冒険者どもじゃ。ケンタウロス族を滅ぼすとすればついでにすぎん。めんどくさい」

「そうなのですか?」

「そうじゃ!」


 グイッと酒をあおるケイマンだが、ひとつだけ言わなかったことがある。


(白く輝く剣を持つ人間の少女……か)


 王宮の廊下でチェルシーがケイマンの背に放った一言がずっと気になっている。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 タイランが最前線で座って待つケイマンの元に辿り着いたのは、それからさらに三十分は経過した後であった。

 陣の外側で座るケイマンの隣にはエッセルが立ち、後方には数人の騎士、そして周囲には威圧するかのようにズラッと重装人形(アーマーパペット)が横並びする。

 なるべくそれらすべてを視界に納められるギリギリの位置で、ようやくタイランは立ち止まった。


「ようやく来なすったな。待ってる間に何合飲んだと思ってるんだ」

「一升以上飲んでますよ」


 チクリとエッセルが釘をさす。


「フ、フンッ! で、用向きを聞こうかの。鳥人族(バードマン)よ」


 両手をだらりと下げたまま、タイランは油断なく周囲を見回してから正面の酔っ払いに注視した。


「これは驚いたものだ。まさかハイランドの軍隊を指揮しているのが騎士ではなく〈剣聖〉であったとは」

「ほっ! わしを知っておるのか。よくできた奴のようじゃの」

「人間の大国であるハイランドにおいて、人間族以外が剣聖の称号を下賜されることは珍しい。あなたがグランド・ケイマンだな」

「カッカッカッ! 愉快愉快! すでに権威を傘に着るだけの腐敗したクァックジャードだと見下しておったのだが、なかなか見所のありそうな奴がまだまだおるじゃぁないか」


 両手を叩きながら大笑するケイマンにエッセルが驚いて聞きかえす。


「ク、クァックジャード? 調停者クァックジャード騎士団! この者がですか」

「私の名はタイラン。左様、クァックジャード騎士団(オーダー)騎士(マスター)である」

「マ、マスタークラス……なぜそのような者がケンタウロスの集落に」

「ここへ来た理由を聞こうかの」


 エッセルの声を遮ってケイマンがタイランを(ただ)す。


「命乞いなら条件次第じゃぞ」

「まずはそちらがお越しの大義名分(言い訳)をお聞かせ願いたい。ケンタウロスたちは降ってわいた荒事に動揺はしているが、恐れてはいないと付しておくが」

「なに、国家転覆を(はか)ったテロリストどもを探していてな。捜索のためにも協力願いたいんじゃが」

「覚えがないな」

「亜人ばかりの冒険者一行なんじゃがな、実はケンタウロスと手を組んで、国家に騒乱を巻き起こそうとしているという情報があるでの」

「ケンタウロス族も容疑者だと?」

「カエルと……それに鳥も、じゃな」


 タイランの目が鋭くなる。

 いやらしい笑みを張り付けたままケイマンは続ける。


「数日前、謀反を企てた容疑でベルジャン以下数名のケンタウロスを処刑するはずであった。そうだなエッセル君?」

「は、はい! しかし何者かの助太刀があったらしく、我が国の貴重な資産でもあります重装人形(アーマーパペット)が数体破壊され、ベルジャンたちは逃亡。現地である蒼狼渓谷(ウルブスバレー)にはバル・カーンの死体が山積みになっていたとのことです。はい」

「それが……二匹のカエル族と、赤い鳥人族(バードマン)だと目撃情報があるでな」

「……」


 筋肉に力がこもる様子がわかる。

 タイランとケイマンの間の空気が膨張したようにも感じる。


「目的はその者たちの捜索か」

「ひとつ目はな。あとふたつある」

「……」

「ケンタウロス族が隠し持つ〈パンドゥラの箱〉をブロッソに渡せ」

「箱などない。ないものは渡せぬ」

「シラを切るか? まあいい。わしも箱には興味がない」

「ちょっとケイマン様!」


 エッセルの抗議を無視してケイマンは続ける。


「もうひとつ。白い剣を持つ少女に興味がある」

「ッ!」


 初めてタイランの目に感情がこもった。

 それは驚嘆以外の何でもない。


「たいそうな価値のある少女じゃと聞いたでな」

「知らぬな」

「おいおい、先程までの博識はどうした赤い鳥よ? なにも言えんか」


 目をむくケイマンにタイランが三本の指を立てた。


「むっ」

「そちらの目的は承知した。ではこちらからの要望を三つ伝える」

「要望じゃと?」

「第一に兵を退きケンタウロス族への謂われなき名誉棄損を撤回し謝罪すること」

「……」

「第二に〈箱〉の伝説に振り回されることなく善政を敷き、真に民の幸福を願える王である努力を惜しまぬこと」

「なんてッ……!」

「そして第三に」


 タイランが真っ直ぐケイマンに指を突きつけつつ、


「剣聖の称号にふさわしい振舞を、貴公には一切の酒を断っていただこう」

「なんじゃとっ!」

「あ、それは賛成……」


 エッセルをケイマンが鋭く睨みつける。


「赤い鳥よ、宣戦布告とみなすぞ」

「もとより和解などできぬ状態だ。貴公のような酔漢に、心を持たぬ人形を戦に使うような国とはな」

「ほほう、よく言った。その度胸に免じて戦場の習わしに従ってやろう」


 酒に酔っているとは思えぬ体さばきで起き上がるケイマン。


「明朝、開戦の狼煙を上げる。酒が切れる前にすべて滅ぼす故、今夜中に全員遺書を書き並べておくがいい」

「書いてもよいが、はたして酔いどれや愚王に文章の意味が理解できるものか」

「ッ!」


 バサッと赤い翼を力強く広げると、そのまま垂直に高く跳び上がる。

 一度、陣の全容を眺めまわす。

 地面では怒りに燃えたケイマンが激しくタイランを罵っているのが見える。

 それを横目に視線をずらすと、少し離れた位置の別集団が目についた。

 女ばかりの集団だったため目を引いたのだが、その中心にいる女を見た瞬間、なにやら胸にざわつくモノが感じられた。

 少し小柄な人間の女性だが、怪しげなマスクをし、妖艶な雰囲気をたたえている。


「微笑? しているのか」


 どうやら向こうもこちらの目線に気付いているようだが。


「まさかあの女が……」


 それ以上ここに留まるべきではないと判断し、(きびす)を返すとタイランは、来た時とは逆に猛スピードで大空を滑空し集落へと向かった。



2025年5月11日 挿絵を挿入しました。

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