204 GPS
先頭を切って洞窟を飛び出したのはウシツノだった。
すでに鞘から抜き出した愛刀〈自来也〉を両手に構えながら素早く状況を確認する。
洞窟の外は岸壁を囲むように生い茂る木々に覆われている。
あまり開けた場所はなく、ごつごつとした大岩と茂みが多く段差もかなりある。
早速目についたのは、彼も戦闘経験のあるあの動く鎧人形〈アーマー・パペット〉であった。
なるほど、確かに生物ではないため息遣いや体温といった気配を全く感じられない。
ざっと見たところ木々の合間に数十体の存在が確認できる。
「それほど多くはないのかな」
そういう印象を持ったウシツノだが決して油断はしない。
なにより目視と、ガチャガチャと鎧の奏でる騒音しか実態を掴む術がないのである。
「リーダーはどいつだッ」
ウシツノに続いて飛び出したシャマンが二本のハンドアックスを構えながら周囲を見渡す。
「テ、テメーッ!」
そこでシャマンが目を剥いた。
少し後ろに下がった位置にひとり、人間の男が立っていた。
シャマンに続いて出てきたクルペオとウィペットも、その男に気が付くと驚きの表情をする。
「お前は確か」
「ファントムの部下」
その男はシャマンたちが請け負った箱の移送という依頼時、彼らと直接連絡を取り合ったあの男だった。
「お久しぶりですね皆さん。お元気そうで」
「オレたちを尾行してたのか」
シャマンのその発言に出てきたギワラが首を振る。
「そんなはずはありません。私はずっと気を付けていました。間違いなくあの洞窟へ入るまで尾行はありませんでした」
「ならどうしてここが……」
ガシャンガシャン、と鉛の擦れる音が上からした。
なんと全身がブリキで組み立てられたフクロウの人形が、耳障りな羽ばたき音を軋ませながら男の腕に停まった。
「そいつもパペットか」
「ええ、プーボと言います。そしてこの石、覚えてますでしょう」
男がプーボと呼んだブリキのフクロウから小さな黒い石を取り出してみせる。
「それは我らが運んでいた木箱に入っていた……」
ウィペットの回答に男は笑顔で頷く。
「そうですそうです。〈ジオグラフィック・ポジショニング・ストーン〉です。この石を持たせたプーボにケンタウロスたちを見張らせていましたが、さすがに大空から監視されていたことには気づけなかったでしょう」
ギワラの目はいつもと変わらずクールであるが、よく見ると下唇を噛んでいる。
まだ付き合いは短いが、相当悔しがっているのがシャマンにもよくわかった。
そしてその気持ちはシャマンも同様である。
この国に来て虚仮にされた気分はもう何度目であろうか……
「この野郎ッ」
斧を振り上げつつ男に迫るシャマン。
その攻撃は男の背後に控えていた重装人形に防がれる。
「鎧人形ッ」
ギリギリとお互いの武器で鍔迫り合いになる。
大柄なシャマンの怪力をもってしても、この重装人形の力を押しやるのは難しい。
「さあ人形どもよ! パンドゥラの箱を奪え! 皆殺しにして構わん」
「やはり狙いは箱かッ」
一斉に攻撃に転じた鎧人形に対しベルジャンは背負い袋の肩紐をギュッと握りしめる。
ズガッ!
シャマンと鍔迫り合いをしていた人形の頭が砕かれる。
砕いたのはウシツノの愛刀だった。
普通の太刀よりも刃が三倍は分厚く、その分重さが乗ると威力は鋼鉄の鎧をも引き裂く。
「おおっ! なんて分厚い刀だ……おめぇやるじゃねえか」
「親父の形見の〈自来也〉だ」
「自来也! するとお前の父というのは、かの英雄、水虎将軍クラン・ウェル!」
「なんだって? マジかよ」
ウィペットの知見にシャマンもクルペオも目を見開いて驚く。
ウシツノはわずかに口元をほころばせるのみを返事とし、すぐさま襲い来る他の鎧人形に立ち向かう。
「ガマ流刀殺法! 質実剛剣ッ」
跳躍
振り下ろし
軽く跳躍しただけで鎧人形の三倍の高さまで跳び上がるとそこから一転、急激な滑空と共に重たい剣の一撃が振り下ろされる。
防御に構えた鎧人形の盾諸共にその体を真っ二つに引き裂いてしまった。
「ギャアアァアアァァァアア」
黒い霧を吹き出しながら断末魔の叫びをあげて、生命を与えられた鎧人形は動くことのないただの金属の塊へと沈む。
「ウハッ、なんてカエルだ! 正直侮ってたぜ」
「うむ。我らも負けてられん」
「よし、クルペオ! ウィペット! そしてギワラ! オレたちもやるぞ」
森の中で数十体の重装人形と亜人パーティによる乱戦が始まった。




