202 パンツァー・ドラグーン
ズンズンと、スイスイと、迷うことなく暗い洞窟内を突き進む。
先頭を行くベルジャン自身、この洞窟に来たことがあるわけではない。
しかし不思議なことに、目的のパンドゥラの箱までの道筋が見えるのだ。
厳しく何世代にも渡って伝えられてきた、箱の封印されたこの場所、そこへ至る歴史と道筋は嫌という程脳内に叩き込まれている。
誰も侵入したことがないというのは、おそらく本当の事であろう。
蛇やコウモリ、蜘蛛といった暗所を好む生物はいるが、ギワラの見たところここを訪れた者は極わずか。
おそらく代々のケンタウロス族ぐらいなのだろう。
それも数える程度の回数に思える。
「おいおい、ここへ来るまでに三日。このペースなら予定より三日は早く帰れそうだな」
あまりに順調なため、シャマンもつい軽口が出る。
その見立てにウシツノも同意見だった。
これほどまでに邪魔の入らない旅程を想定していなかったのだ。
「当たり前だ。そう易々と妨害があっては何百年も秘密は守れないだろう」
「たしかに」
「そりゃま、そうだけどよ」
とうに外の光も差し込まないほど奥まった通路を、ケンタウロスの戦士たちが掲げる松明の明かりを頼りについていく。
いくつもの分かれ道、上ったり下ったりを繰り返し、アカメ辺りがそろそろ音をあげかける頃、いよいよ洞窟は終点を迎えようとしていた。
さすがにそこには重たい扉があり、頑丈なカギで施錠されていた。
ベルジャンは懐から大きめなカギを取り出すと開錠し、続けてケンタウロスの戦士たちに扉を開けるよう指示する。
石でできた重たい扉が少しずつ押し開けられていく。
「ここだ……あったぞ……」
その先は別に荘厳でも、神秘的でも、まして広大な部屋でもなかった。
暗い通路の行きつく先に、人の腰ほどの高さの岩があり、そこにポツンとひとつの箱が置かれていた。
十センチ四方ほどの小箱。
薄く輝く青い金属でできた小箱。
よく見ると岩の上で浮遊している。
「これが、パンドゥラの箱なのか」
「浮いてるみてえだが……」
「不思議だ……見ているだけで、心が何故だか落ち着くようだ」
ウシツノやシャマンたちが感嘆している一方、アカメはより現実的な疑問を抱いていた。
「空気よりも軽い青い金属。ベルジャンさん、もしかしてこの箱は」
「そうだ。オリハルコンだ」
「オリハルコンッ!」
ウシツノ以外が驚きの声を上げる。
「なんだ? そんなすごいものなのか?」
「オリハルコンとは神の金属です。固く、軽く、希少。滅多にお目にかけるモノではありませんよ」
「この箱の伝説が嘘っぱちだったとしても、オリハルコンというだけで計り知れない価値があるぜ」
アカメとシャマンの解説に一応の納得をするウシツノだが、あまりピンと来ていないようだ。
「とはいえ、ウワサに違わず伝説級の代物だな」
「この箱を持つ者が奇跡を扱えるようになるというのか」
「いや、そうではない。それは伝説が曲解され伝わってしまったことなのだ」
クルペオの問いにベルジャンは首を振りながら答える。
「確かにこの箱による奇跡の数々でテオ族の巫女はハイランドを興し、そして巨悪なる魔神将を討ち取ったとされている」
「〈白き巫女と希望の箱〉というタイトルで物語られていますね」
「ああ。だが決してそれは箱の奇跡だけではない。というより、箱自体に奇跡があるわけじゃないんだ」
「どういうことだ?」
ベルジャンは一同を見渡すと諭すように語り掛ける。
「箱は誰が持っても奇跡を起こせるようなものではない。箱は巫女が持つことで奇跡を生み出せるのだ」
「けどよ、ならなんで箱を欲しがる奴らが後を絶たねえんだ」
「持っているだけでこの国では英雄であると示せるからだ。そのためかつて血生臭い争奪戦も繰り広げられた」
それゆえ時の国王の要請でケンタウロス族が秘密裏に封印した。
「だがそれだけではない。箱は正統なる者が持たねばとても危険なモノなのだ」
「危険? そういえば伝説ではたしか……」
アカメが諳んじる。
曰く、持つ者に祝福を与え、あらゆる奇跡を生じさせる。
しかし、使い方を誤れば、箱の中より〈災厄〉が現れ、世界を蝕む悪魔となるであろう。
「災厄……そう表現されてましたね。それが魔神将と言われる巨悪の事ではないのですか?」
「わからない。真実は歴史の闇に埋もれてしまったからな」
「なんだかよくわからんな。結局パンドゥラの箱とは一体何なのだ?」
焦れたウシツノにベルジャンは確信を言い放つ。
「箱は、パンドゥラの箱は……千年前、この地に降臨した姫神……〈白姫〉ヒカリの神器」
「姫神ッ!」
「白姫だって?」
「そうだ! 真の名は〈装甲竜騎兵」
その言葉に呼応して、箱が強く輝きだす。
「この神器はヒカリという姫神以外受け付けない。彼女以外が悪用すれば、必ずや〈災厄〉が現れる危険な箱なのだ」




