191 猫耳メイド服
ドクターダンテの診療所とは比べるべくもないほどに綺麗な部屋であった。
「オレのセーフティハウスだ。ここを知る者は少ない。ここなら安全さ」
窓のない石造りの部屋は、床に絨毯、壁には幾重にも重ねた幕が張られ、防音、断熱の効果を発揮している。
部屋の四隅に置かれたランプが煌々と室内を照らし、影となる暗がりを微塵も生み出さないよう努めている。
その部屋の隅に据えられた木製の寝台に、治療を終えたものの意識のないレッキスが横たわっていた。
「傷が癒えるまで、ここで大人しくしておくんだな」
シャマンは眠るレッキスにそう言葉をかけると、一行の中でひとり離れて立ちすくむ、メインクーンの方を見やった。
彼女はそわそわと落ち着かない風で、身を隠す場所を探そうと、無駄と知りつつ室内の所々を眺めまわしていた。
だが前述の通り、この室内に光の当たらぬ場所はない。
「で、だ。メインクーン。お前、なんて格好してやがんだ」
少々呆れ気味にシャマンが言うと、クルペオが吹き出し、ウィペットは目のやり場に困ると宙を睨み固まってしまう。
「う、うるさいにゃッ! 私だって好きで着てるんじゃないにゃッ」
彼女は普段着ている全身黒革のキャットスーツ姿ではなく、光沢のある橙色のカラフルなメイド服を着ていた。
「うーッ! うーッ!」
と唸りながら猫耳と尻尾を逆立て、顔を紅潮させている。
怒りを演出することで自身の恥ずかしさを中和しようというのがミエミエだ。
尾をピンと立てたことで膝より上の短いスカートがパニエごどめくれ上がり、ウィペットなどはますます目のやり場に困り果てる。
「もう! なんなんにゃネズミ! 治療費を肩代わりする条件って、私にコスプレさせることなんか!」
「よく似合ってるぜ。見込んだ通りだ」
「キシャーッ!」
黒瞳を縦長にすぼませ、牙と爪を立て威嚇する。
こんなに怒りを露わにするメインクーンを仲間たちは見たことがなかった。
そうとは知らず、ネズミはその姿にさえ見惚れていた。
「猫耳族の嬢ちゃんにはお仲間が〈箱〉を探索している間、オレの紹介した店で働いてもらう。その店の制服なのさ、それは」
「いかがわしい! その店! ナニさせる気にゃッ」
「そのよう……」
メインクーンの憤りに水を差す感じでシャマンが口を挟む。
「安静が必要なレッキスを匿ってくれんのはありがてえんだが、メインクーンは一行の探索行動には欠かせねえんだ。別行動てのはよ……」
そう言ってポン、とネコマタの頭に手を置く。
「手を乗せるなカチューシャ乱れる!」
「気にいってんのかよッ」
手を払い除けられたシャマンが呆れた顔でツッコむ。
「あんたらの心配事ならよ、理解してるぜ。……入れ」
ネズミが部屋の外に声をかけるとドアが開き、ひとりの人間が入ってきた。
「妹のギワラだ。道中の案内役に使ってくれ」
「よろしく」
ギワラと紹介された女は露出度の高い黒革の衣装にロンググローブ、ロングブーツの出で立ちで、腰には短剣と鞭を巻いて吊るしている。
兄妹だそうだが兄のネズミとは似ても似つかない、白銀の長い髪をひとつに束ねあげた美人だった。
いつも下卑た笑顔の兄とは違い、口許は友好的な笑顔を見せているが目は髪色と同じように雪のような冷たさを感じさせる。
「似てねえんだな」
「母親が違うからな」
「なるほど。よかったなあ、おめえ」
「どういう意味だよ」
シャマンがギワラにかけた言葉にネズミが噛みつく。
とはいえ彼も妹の容姿に関してはシャマンと同意見であったのだが。
「こいつはハイランド周辺を熟知している。箱探索にはうってつけだ。それによ、あんた等もオレに怪我人を預けるんだ。仲間ひとり置いて行った方が安心できるだろ?」
「ま、まあ……なあ」
まさかこの男にそこまで気遣ってもらえるとは。
全てがこの男のペースで進んでいるのが面白くはなかったが、彼の言うこともあながち間違いではない。
シャマンたちは不承不承この申し出を受け入れることにした。
なにより身の潔白を立てねば元も子もないのである。
「んじゃ、ネコマタちゃんには明日から働いてもらう店に今からご案内いたしましょうかね」
「にゅう」
一行で最も肩を落としているのは間違いなく彼女である。
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「ここは……」
シャマン、ウィペット、クルペオ。そして新たな仲間ギワラと別れ、ネズミに連れられて来たのはメインクーンに見覚えのある店だった。
「来たことある。そうか!」
ここは彼らを貶めた張本人である故買屋ファントムと会合したあの店であった。
「この店のオーナーは昔ちょっとしたいざこざがあってな。オレに恩があるんだ。だから大抵のお願いは聞き入れてくれる」
ネズミがにやりとする。
「そういうわけで快くあんたを雇ってくれたぜ」
笑うとますます顔がネズミっぽくなる。
「あいつはあれ以後もこの店に来てるんかにゃ?」
「さあな。だがどうせ手がかりはねえんだ。唯一の接点だったこの店で粘り強く張り込みでもしてみてはどうかと思ってな」
「なるほど。でもどうしてここまでしてくれるにゃ?」
ジッと顔を覗き込むようにネズミに半歩近寄る。
メインクーンにとっては無自覚の挙動なのだが、男に対していつも距離感が近すぎるきらいがある。
もっとも、それでたやすく情報を仕入れられたりと、彼女自身は悪びれない。
「は、箱の情報はそれだけこの国では尊いってことなんだよ。ギルドとしても真実を掴んでおきたいんだ」
それだけ言って顔を反らしてしまう。
声が先程よりも上ずっているのだが、彼女はそこまでは気づかない。
(お前に惚れちまったんだ。なんて言えるかよ)
彼は本音を隠したまま、オーナーに彼女を紹介するためさっさと店に入ってしまった。




