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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第四章 聖女・救国編

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189 見習い騎士


 ハイランドの首都、聖都カレドニアの一角は今、もうもうと立ち上る巨大な砂ぼこりに覆われていた。

 草原の国であるハイランドにおいて、これ程の砂が舞うことは過去に例がない。

 この異常事態に一体どんな被害が生じるのであろうか。

 発生源がスラム街であるため、このとき最悪の結果を予想する者も多かった。

 だが結果としてこの珍事における犠牲者は、後にたった「一名」であったと報告されている。



「衛兵さん! こっちだよ! 早くなんとかしておくれよ」

「わっ、とと……」


 恰幅のよい中年女性が鎧を着こんだ青年の腕を引っ張って来る。

 青年は少し頼りなげに困惑した表情でたたらを踏む。

 彼を連れてきた女性は最初にケイマンとシャマンたちの争いを目撃したここの住民だった。


「あそこで亜人同士が喧嘩してるんだよ! 早く止めとくれ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。それはこの区画担当である衛兵の仕事じゃ……僕は城勤めの見習い騎士で、お使いの途中なんだ。早く戻らないと……」

「なに言ってんだい! 騎士も衛兵も鎧着て剣持ってんだろ、同じだよ! ほら早く」


 女性が躊躇する見習い騎士の背中を押す。


「で、でも……その亜人たちって、どこにいるの? 砂が酷くて何も見えないよ」


 見習い騎士が言うとおり、そこら一帯は砂ぼこりが立ち込め、視界には件の喧嘩が見えなかった。

 しかし、何かが打ち合う激しい音が聞こえてくる。


 音は砂ぼこりの向こう側からする。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 もう何発の弾丸を弾き返したことか。

 少々息を切らしながら、ケイマンは視界の悪い砂の中で刀を振るい続けている。

 三十までは数えていたが、とうの昔に止めてしまった。


「ええいしつこい! ええ加減にせんかァ」


 さすがにキレたケイマンが、何十発目かの弾を弾くと跳び上がり、砂ぼこりの発生源であるミナミの大剣に直接斬りかかった。

 だが剣はひょい、とひとりでに動くと攻撃をかわし、空中高く移動するとそこに静止する。


「なんとまあ怪しい剣じゃ。 もののけの類いか」


 見上げるケイマンの目に映るその大剣は最初と形状が変化している。

 両刃に沿うように細かい鉤爪が、びっしりと並んで生えているのである。

 その禍々しく変化した大剣がケイマンに向かい切っ先を向ける。

 すると周囲の砂が急速に舞い始め、ふたつの小さな砂嵐を生じさせた。


 その砂嵐がケイマンに襲いかかる。


「チッ、今度は砂か」


 イラついた声音で舌打ちしつつ、両足を踏ん張り刀を地面に突き立てる。

 猛烈な風が砂を伴い周囲を荒れ狂う。

 すでにケイマンには対戦相手であるミナミの大剣しか見えていない。


「疲れや恐怖を知らぬ無機物なんぞ、いつまでも相手しとれんわッ」


 力いっぱい刀を握る右手とは逆に、左手は垂れ下がり、だらりと弛緩させている。

 いや、よく見れば指先だけが細かく動き続けている。


「捕らえたッ」


 ケイマンが弛緩させていた左手で握りこぶしを突き上げる。

 途端に砂嵐が止む。

 なんとケイマンの操る糸が空中に浮かぶ大剣を束縛したのだ。


「奇怪な剣じゃがこれで終いじゃ」


 ケイマンの勝利宣言であったが、その途端に大剣から細かな振動が指先に伝わってくる。

 両刃に並んだ鉤爪が高速で回転を始めたのだ。


「なんとッ」


 糸は瞬く間に切断されると、縛めを解かれた大剣はさらに上空へと飛び上がり、そのままケイマンの前から飛び去ってしまった。

 一帯を舞っていた砂ぼこりも収まり、周囲にはざらついた砂が辺り一面を覆っていた。


「逃げられてしもうた」


 当然の如く、彼が狙っていた亜人一行(シャマンたち)の姿もない。

 五人そろってケイマンが大剣と一対一(タイマン)を張る間に逃げおおせてしまったようだ。


「エッセル君、奴らは逃げたようだね」

「はい。それはもう鮮やかでした」


 彼に人質としての使い道がないことを知ったクルペオが、符術を使い全員を連れ出し離脱したのだ。


「君はそれを黙って見ていたのかね」

「私の仕事場は事務机の上です。現場での働きはグランド・ケイマンに一任していますから」

「モノは言いようじゃな」

「ですのでこの件はあなた様のみの失態とさせていただきます」

「そりゃないじゃろうエッセル君」

「あしからず」

「ぐぬぬ……あの兎耳族(バニー)の嬢ちゃんひとりしか仕留めれんとは」

「まだ生死を確認していませんが」

「さりとてあのケガじゃ。そう長くは持つまいよ」

「念のため王国中の診療所に手配をしておきましょう。必ず医者に診せようとするでしょうから」

「ならその報告が来るまで一杯……」


 手で盃を傾ける仕草をするケイマンとエッセルの元へ、ひとりの青年が近づいてきた。

 彼はおずおずと腰の鞘に納めた剣の柄に手をかけて、二人に警告を発する。


「う、動くな、お前たち。妙な素振りをしたら、よ、容赦なく切り捨てるぞ」

「ぁあん」


 ケイマンが面倒くさそうに振り返る。


「衛兵か。わしは一刻も早く酒を飲みに行きたいんじゃ。邪魔するでない」

「いえ、この鎧……街の衛兵ではないですよ。見習い騎士のそれですね」

「見習い? そいつが何故わしの酒を邪魔する」

「あ、亜人同士の(いさか)いが起きていると通報があった。どうやら酒を飲んでいるようだが」

「酒がどうした? わしを誰だと心得る? 貴様の主が認めし〈剣聖〉であるぞ」

「け、剣聖! それではあなたは」

「ケイマン様ったら、こんな時だけ肩書の威を借りるなんて」

「い、いや……剣聖であるのならなおのこと……このような往来で悶着など……」


 気弱に見える青年であるが、なかなかに芯の通った正義感の持ち主だったようだ。

 一歩も引く構えを見せない。

 次第にケイマンの表情に冷たいものが表れる。


 ピッ!


「ひっ」


 青年には見えてなかった。

 気が付いたら首筋に、返り血のこびりついた刀の切っ先が付きつけられていた。


「お前、今死んだな」


 ケイマンの数段低くなった声に青年の背筋が凍る。

 剣の柄に手をかけたまま微動だに出来ない。

 腕に自信がないわけではなかったが、まさかそれほどの実力差があったのか。

 あるいは相手が偉大なる〈剣聖〉の称号を持つ者だと知り油断もあったかもしれない。

 相手をその称号にふさわしい人格者であろうと思い込んでいた節もある。

 それがどうしたわけか、突然の窮地に立たされている。

 この状況がある種不思議で、どうしたものか思考が追い付いてこなかった。


 柄に手をかけたまま固まっている青年を睨みつけ、ケイマンが静かに囁く。


「抜かんのか? ここで剣を抜ければ、お前はもう少し強くなれる」


 青年の目に少し力が入る。


「だが抜けぬなら、今日を境にお前は一生()抜けであるぞ」


 剣を抜いた。

 その瞬間青年の首が飛んだ。


「勇敢に死ねたな」


 彼は最期の瞬間まで、何故こうなってしまったのか理解できずに終わってしまった。

 少し離れた位置に首が落ち着く。

 その顔にはたくさんの砂がこびりつき、彼の最期の表情を隠してしまっていた。


「あぁもう。憤懣(ふんまん)に任せて殺さないでください。もみ消すのは私なんですよ」

「左様。事務机の仕事じゃ。よってわしは飲みに行く。止めるなよ」

「どうぞご勝手に。これ以上私の仕事を増やされるくらいなら、その方がマシです」

「カカカッ」


 嬉々として酒場へと向かうケイマン。

 たった今切り捨てた哀れな見習い騎士のことなんぞ、とうに頭から忘れてしまっていた。


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