188 武芸百般
自身の右肩を刀でポンポンと叩くケイマン。
コリをほぐすかのようなその見下した態度にシャマンが噛みつく。
「これから三人相手だってのによぉ、ずいぶん余裕こいてんじゃねえか」
「実際余裕じゃからのう」
「ッ!」
「減らず口にゃ」
気色ばむシャマンとメインクーンに後ろからウィペットが忠告する。
「気を付けるのだ。奴は剣聖グランド・ケイマン。ハイランド王室に認められた〈剣聖〉、実力は本物だ」
「奴が剣聖?」
メインクーンも驚愕を隠せない。
「ケッ! 単に剣が上手いだけだろ? 戦いは剣術だけじゃあねえぜ」
シャマンの身振りでメインクーン、クルペオが散開する。
「カカッ。何をして見せてくれるんかのう」
「余裕こいてられんのも今のうちだ」
ブンブンブン、と分銅付きの鎖を頭上で廻す。
十分勢いのついた段階でケイマンに向かい正面から投擲する。
勢いのついた重い分銅をケイマンは刀で弾いてみせる。
それが狙いだと言わんばかりに刀の鍔元に鎖が絡み付く。
鎖付き分銅はただかわせばいいのではない。
もっとも用心すべきは、投擲後に鎖を手繰り寄せる事で生じる、ケイマンにとって予測不能の動きである。
それをさせないための絡めとりであり、それはシャマンの狙い通りの結果ともなる。
「剣は封じたぜ」
ピンと張られた鎖の引き合いになる。
お互いの得物の奪い合いだ。
一対一の戦いであれば膠着状態となろう。
しかしケイマンにとって敵は三人いる。
ケイマンは自身の伸びた腕に危機が迫るのを感じた。
「おっとと!」
躊躇せず刀を手放しその危機の正体を避ける。
背後をとったメインクーンの放つ不可視の糸は、腕を絡めとろうなどという生易しいものではなかった。
肉と骨をぶった切るほどの切れ味を持つ糸は、明らかにその腕を飛ばす勢いの攻撃であった。
「怖い怖い。なんとも残虐な思考のお嬢ちゃんじゃな」
「あんたに言われたくないにゃ」
両手の間に糸を張り、続けての攻撃動作に移行しようと肘を曲げる。
「じゃが未熟! 動きが大きすぎる」
「なにを……」
突然メインクーンが押し黙る。
みるみる顔色が悪くなる。
「ど、どうした? メインクーン」
「……」
「そうそう、大人しくしておれ。さすればその首、そのままそこに置いといてやるぞい」
ピッ、とケイマンが自身の指を弾いて見せる。
「うっ」
いつの間にかメインクーンの首にケイマンの繰る糸が巻き付いていたのだ。
彼女の首に食い込んだ細い糸が小さな傷を作り、その出血で糸が赤くにじむ。
「糸を使うなら指先だけで、自在に操れるようにならねばならん。まだまだ未熟よ」
「テメーも糸が扱えるのか」
「カカカ。釣りが好きでの。糸を持ち歩いとっただけじゃ」
「くっ……」
「わしゃあ武芸百般でならしとるんじゃ。剣が上手いだけじゃなくて悪かったのお。カッカカカ」
どこまでも人を食った態度だ。
「そこまでじゃ」
今度はクルペオの声が響く。
鋭利な刃物のように張りつめた符を、エッセルの喉元に突き付けている。
「この者の命惜しくば大人しく去ね」
「おやおやおやおや、エッセル君、とんだ醜態じゃよ」
「申し訳ありません」
「しかし人質までとるとはなんとも愉快な連中。いや、けしからん女子じゃ、道徳心……」
「テメーが道徳を語るなッ」
シャマンが奪い取ったケイマンの刀を振りかぶり攻撃してくる。
上段から斬り降ろされた刀を半回転してかわすと、ケイマンの掌底がシャマンの鳩尾、そして下顎へと連続ヒットする。
「ガフッ」
顎をかち上げられ、舌を噛んでしまったか、シャマンが血を吐き出しながら膝をつく。
鳩尾への一撃もあり必死にこみあげてくるものを抑え込む。
「わしの刀じゃ、返してもらうぞ」
愛刀〈果心居士〉を拾い上げながら、その刀でトドメを刺そうとシャマンに近寄る。
「う、動くでない! この男の喉を掻っ切るぞ」
「構わんよ。酒を買うて来てくれん薄情者じゃ。むしろ代わりに別嬪さんのお目付け役を所望するいい機会になる」
「……ッ」
こちらを一顧だにしないケイマンに焦りを抱くクルペオ。
それに対し顔色一つ変えずに押し黙るエッセル。
「そろそろ終いじゃ。遠巻きにしとる野次馬共が、なんも知らん衛兵を連れて来る前にの」
その時、殺意を迸らせるケイマンの一番近くに倒れていたのはレッキスだった。
わずかに意識の戻ったレッキスが、薄く開いた目蓋から弱々しくもケイマンを睨みつけている。
「ほっ。大したものじゃ。まだ死を受け入れようとはせんのか」
「あ、当たり前なんよ……ミナミが……」
ケイマンが心底理解できぬという顔でレッキスを見下している。
「ウチらの……ッ、助けを待ってるんよ! 死ねるもんかよッ」
ドガァッ!
路地の奥から破壊音がした。
遠目にも巻き上げられる木片と粉塵が見て取れる。
そこはシャマンたちの潜んでいた一軒の小屋があった場所だ。
直後、猛烈な速度で飛来するモノが、否、飛来するモノたちが迫る。
「むぉっ」
ガギン、ガギン、ガイン
いくつもの固い、こぶし大ほどの塊がケイマンに襲い掛かる。
すさまじい散弾にさすがのケイマンも全てを叩き落すことはできず、いくつもの打撲、切り傷をこさえていく。
「な、なんじゃ! この奇ッ怪な弾丸は」
「これは……ミナミの神器、土飢王貴の技……〈鉤爪追尾〉」
クルペオが信じられぬ思いでこの光景に息を飲む。
ミナミの大剣から射出された無数の爪が、この路地一帯を跳ねまわりだした。
2025年2月23日 挿絵を挿入しました




