180 依頼人はファントム
登場人物紹介
シャマン 猿人族の軽戦士。鎖鎌と二本の手斧を操る。一行のリーダー。
ウィペット 〈正義の鉄槌神ムーダン〉の神官戦士。犬狼族
レッキス 兎耳族の女拳法家。棍とバウナウが得意。
メインクーン 全身黒いキャットスーツの猫耳族。弓の名手で糸使い。
クルペオ 狐狗族の符術師。酒豪。
猿人族の戦士シャマン、犬狼族の神官戦士ウィペット、猫耳族の盗賊メインクーン、兎耳族の拳法家レッキス、そして狐狗族の符術師クルペオの五人組がハイランドの首都である聖都カレドニアに腰を落ち着けて二日後、シャマンが早速冒険者ギルドから仕事の依頼を取り付けてきた。
「依頼内容は箱の運搬だそうだ」
冒険者ギルドの主人からもらったメモ書きを見ながら聞かせる。
「詳しい話は明日、依頼人に直接会って聞くことになるが、どこかで箱を受け取った後、どこかへその箱を届けるのが任務らしい」
「ずいぶんと地味ぃ~な仕事取ってきたねえ」
宿屋の大部屋に置かれた粗末なベッドの上で、メインクーンが体を伸ばしながら感想を述べる。
「他に大した仕事はなかったんだ。その中で一番金払いのいい仕事を選んできたんだぞ」
「いくら?」
「前金で銀貨五〇枚(五万円程度)、仕事を無事完遂したらあと一〇〇枚出すそうだ」
「期間は?」
「だいたい一週間てところらしい」
「ふむ。一週間ならば悪くない報酬か」
顎に手を当て納得顔のクルペオを見てレッキスが不機嫌そうな顔になる。
「どうかしたか、レッキス?」
その顔に気付いたウィペットが尋ねる。
レッキスは後ろ前逆にして座った椅子の背もたれに顎を乗せたまま、部屋の隅を指さす。
そこにはミナミの大剣〈土飢王貴〉が立てかけられていた。
「一週間もそんな仕事してないで、とっととミナミを助けに行くべきなんよ」
「レッキス……」
シャマンが困った顔を見せる。
「助けに行くと言っても、どこへ行けばいいかわからないんだ。手掛かりは〈ゴルゴダ〉という地名だけ」
「それについて探ろうにも我らはこの国にツテもコネもない」
クルペオが重ねる。
「だから仕事をするんだ。それもなるべく金を持った依頼人の仕事をな」
「いくつも良い仕事をこなしていけば、そのうちツテもコネも出来上がろう」
「回りくどいと思うだろうが、どのみち金はいるんだ。今は切り替えてくれ」
シャマンとクルペオに代わる代わる諭され、レッキスはムスッとふくれっ面で黙り込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、シャマンたちは全員で依頼人の待つ酒場へとやって来た。
その店は中流階級以上の客がメイン層らしく、いかにも冒険者の風体である一行にはとても居心地の悪い店だった。
入口にいた店の従業員に用向きを伝えると、ほどなくして店の奥にある個室へと案内された。
「よくきてくださいました。私の依頼をお受けいただき誠に感謝しています」
テーブルにひとり、人間の男がいた。
「マスクで顔を隠す無礼をお許しください。何分私にも事情がございまして」
その男は顔の上半分を黄金のマスクで隠していた。
長い金髪をひとつに束ね、着ている衣服も上等なものだ。
中肉中背、いたって普通の体形ではあるが、肌の白さと声の柔らかさから中性的な美を感じさせる。
だが印象はそれほど良くない。
なんというか、物腰は丁寧だがそこに微塵も温かさを感じられないのだ。
(信用してはいけないタイプの人種だな)
咄嗟にシャマンはそう感じていた。
「オレはシャマン。こいつらはみんなオレの仲間だ。仕事はオレたち五人でする。あ~っと……」
「失礼。私のことはファントムとお呼びいただこう」
「幽霊……か?」
コクン、と目の前の男は首肯する。
「では、仕事の話をしましょう。あなたたちには北にある宿場町アルネスへ赴き、そこで私の部下から〈箱〉を受け取ってほしいのです」
「ふむ」
「そしてその〈箱〉を持ったままアヴィモア、ドーノッホ、マレイグ、ネアン、ウラプール、そしてローズマーキーの順で宿泊してほしいのです」
「ずいぶんと細かい指示だな。目的地へ急げというわけではないのか」
「更に条件があります」
ファントムはシャマンの質問に答えず先を進める。
「各町でそれとなく、自分たちが運ぶ〈箱〉について吹聴してほしいのです」
「なんだって?」
「〈パンドゥラの箱〉を運んでいるのだ、と。手段は問いません。酒場のマスターに話すでも、仲間内で声高に会話して周囲に気付かせるでも構いません」
「もしかしてさ……」
勘のいいメインクーンは何かを感づいたように口にする。
「私たちを囮に使おうってこと?」
しばらくファントムは沈黙を貫いた。ややあって口を開く。
「お気を悪くしないでいただきたい。実は私は故買屋でして。今回入手した〈箱〉は大変貴重な物でしてね。それを狙う者がいてもおかしくはないのです」
「故買屋ってなに?」
レッキスがクルペオに小さな声で質問する。
「盗品を売買する者のことじゃ」
「ワルモノじゃないか」
「そう思われても仕方ありません。ですが、必要悪なのですよ」
シャマンにジロリと睨まれ、思わず声が大きくなったことをレッキスは反省した。
「別に私は市井の人々から盗んだものを扱ったりはしません。むしろ古代遺跡などで発見された危険な遺物を扱うことが多いのです。そしてそれを換金しようとするのは素性の知れない者に偏りまして」
「わかった。それ以上は話さなくていい。オレたちも余計な勘繰りで心配事は増やしたくないからな」
了解したという風にファントムがゆっくり目を閉じる。
「ただ、それを聞いた以上この仕事、もう少し色を付けていただかねえと命の割に合わねえな」
「フフ。シャマンさん、なかなか食えないお方ですね。わかりました、前金を銀貨一〇〇枚、成功報酬を二〇〇枚でどうでしょう」
「倍か。まあいいだろう」
「契約成立ですね。冒険者ギルドには腕の立ちそうな者をと注文しておきましたが、あなた方なら問題ありません。引き受けていただき感謝しますよ」
「ところで本物の〈箱〉は別ルートであんたに届くってことなんだろう? どんなルートだい?」
ファントムはそっと口に人差し指を当ててほほ笑む。
「それは知らない方がよろしい。お互いのためです」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、シャマンたちは陽が登り始める時刻に聖都カレドニアを後にした。
まずは北の宿場町アルネスへ向かう。徒歩でも陽が沈むころには着く。
予定通り夕刻に辿り着いた一行は、ファントムの部下を名乗る男から縦横二十センチほどの木箱を預かった。
どうせ囮のための偽物であることは承知していたが、厳重に梱包された木箱を決して開けないようにと念を押された。
その日はアルネスで一泊し、翌朝次の街であるアヴィモアへ向かう。
聖都カレドニアから見て、北のアルネスから東周りで最後のローズマーキーまで、大きく半円を描くように旅することになる。
各町の間隔は徒歩で一日程度。
提言通り、一週間ほどで終わる旅程であった。
四日目に泊まったマレイグの街までは静かな旅であった。
しかし翌日、次のネアンの街まで向かう旅から様相が変わった。
シャマンたちは正体の知れない者たちに、次々と襲われるようになったのである。




