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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第四章 聖女・救国編

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178 マユミの舞

挿絵(By みてみん)


 気難しそうな面構えをした男だった。

 更に神経質が服を着ているようだった。


 豪奢な玉座に浅く腰掛け、肘掛けに身をもたらすように頬杖をついている。

 やせ形で、肩のあたりで切り揃えられた黒髪は、しっとりと軽くウェーブがかっている。

 年齢は六十になるこの男がハイランドの現国王ブロッソ・ウォーレンス。

 彼の統治は始まってすでに三十年が経過している。

 それはこの国の偉大なる先代、聖賢王シュテインが亜人戦争にて戦死してからの、国民にとって長い苦痛の時間を意味していた。


 そのブロッソ王の御前に畏まる者がいた。

 美しき青年チェルシーと、妖しき美を放つ女、瀬々良木(せせらぎ)マユミであった。


「チェルシー。余は今すぐマユミの舞が見たい」

「承知しました」


 恭しく頭を垂れるとチェルシーは王の隣へと移動する。

 その移動に顔をしかめる廷臣もいたが、王もチェルシーも意に返さない。

 こんな時、真っ先に無礼を嗜めるはずの大将軍ジョン・タルボットも無言のまま。

 そこに違和感を覚える者も数人いたのだが、静かに、楽士たちの奏でる音色が流れ始めると、中央で舞い始めたマユミに皆心を奪われた。


 マユミは踊り子の衣装を纏っていた。

 薄く、あでやかな美しい彩色の衣装は、マユミの妖艶な舞をさらに引き立てた。

 優美な手の流れ、絡み蠢く脚の運び、心波立たせる息遣い、目線、ほのかに漂うかぐわしい色香。

 やがて音楽が激しさを増し、それに合わせてマユミの動きも大きく早くなる。

 ひらひらと舞う腰布、袖から伸びた布がはためき、明るい色の長い髪が宙空に弧を描く。


 全員が目を奪われ、心を掴まれていた。

 男だけではない。女も、数少ないが居合わせる亜人も。老人も、若者も。

 マユミの舞に見入っていた。

 その中でブロッソ王が隣に立つチェルシーにだけ聞こえる声で囁く。


「姫神……と言ったか……この女さえいれば、我がハイランドは安泰だと」

「左様でございます」

「確かに、素晴らしい女だ……舞だけではない。あの力……」


 ブロッソ王が音楽を奏でる楽団を見る。

 そこに人の姿はなかった。

 いくつもの楽器が宙に浮き、演奏者もなしに音楽を奏でている。

 まるで楽器に生命が宿ったかのように。


「モノに生命を宿らせるのか? 人形を兵にしたり、楽器のみを楽士にしたり」

「はい」

「人的資源に限りがなくなるな……」

「大国ハイランドの復活も、ブロッソ国王の御代で早々に叶いましょう」


 亜人戦争での人間側の宗主国として、ハイランドはこの三十年、戦争による負の遺産に苦しめられてきた。

 兵士として駆り出された多くの民が命を失い、残された妻や子供たちは貧困にあえいだ。

 それを食い物にしようと外部から流入する組織的犯罪を取り締まる国力は乏しく、国は荒れた。

 世界で最も美しいとさえ言われたハイランドの首都〈聖都カレドニア〉も例外ではない。

 街のいたる所がスラム化し、周辺の国家や集団からは狙われる存在となり果てた。

 それでも戦後二年で先代の王シュテインの長男レンベルグが国王に就くや、瞬く間に法が整備され、治安が回復傾向に移ったのだ。

 〈聖賢王〉と謳われたシュテインの血を受け継いだレンベルグに国民は皆期待した。


 だがそれも長くは続かなかった。


「早世した兄レンベルグの意志は余が引き継いだ。それは苦しい三十年であったが」


 ブロッソ王の言葉にチェルシーは無表情でうつむく。


「〈パンドゥラの箱〉を見つけたと吹聴する者がいるそうだ」

「ッ!」


 王の唐突の言葉にチェルシーが顔を上げる。


「聞いておるかチェルシー」

「いえ、存じ上げません」

「パンドゥラの箱とは、ハイランドの建国伝説に出てくるおとぎ話の遺物だ。だが、生きた伝説でもある」

「お信じになられているのですか」

「民がな」

「……」

「なぜ今〈箱〉を持ち出す輩が現れるというのか。目的は何か」

「……」

「伝説の真偽など、問題ではない。()()()箱を持つというだけで、民の間に希望が生まれる」

「……」

「フ、フフ……余の統治に不満を持つ者たちがな」


 チェルシーは表情を変えずマユミの舞に目を移す。

 ブロッソ王も陶然とした目をしながらマユミを見つめる。

 しばらく二人の間に無言が続いた。


「そこでな」


 ややあって国王が再び口を開く。


「その者たちを秘密裏に暗殺することに決めた」

「左様でございますか」


 表情を変えないチェルシーの横顔を盗み見しつつ、ブロッソ王は続ける。


「ついでにそいつらの裏にいるであろう者たちも引っ張り出せればいいのだが」

「左様でございますな」


 マユミの舞が終盤に差し掛かっていた。

 弾ける汗が光を反射し、マユミをより一層魅惑的に見せていた。


「ケイマンを差し向ける」


 初めてチェルシーの顔に表情が現れる。


「どうだ?」

「グランド・ケイマン。多少問題のあるお方ですが、この件には最適かと」

「決まりだな」


 マユミの動きが止まった。

 広間に鳴り響いていた音楽と同時に。

 満足げな顔をしたブロッソ王が退室するまで、チェルシーはその場を動かなかった。

 表情のない顔からは推し量れぬが、内心では次の手を考えていた。


(あの冒険者どもは使い捨てにすぎん。グランド・ケイマンを差し向けるなら私自ら手を下すまでもない事。それよりも問題はケンタウロス族と白姫だ。この件だけは今はまだ秘密にしておくこととしようか)


 隣にマユミが立っていた。

 軽く息が上がり、うっすらと肌に汗が張り付く。

 彼女もまた表情が読み取れない。

 それは顔に張り付いたマスクのせいでもある。

 コウモリが羽を広げたような形をした黒いマスク。

 それが目の周りを覆い隠す。


「なにを考えているの?」

「この国の未来だ」

「私には関係ない事ね」

「悪い話ではないと思うぞ」


 マユミの顎に手をかけるチェルシー。

 だがその手からスイっと身をひるがえし、マユミはとっとと自室へと引き下がってしまった。


「やれやれ、手懐けるのもなかなかに難しいものだな。異世界人の女とは」


 マユミの後を追うように、チェルシーも広間を後にした。



2025年9月28日 挿絵を挿入しました。

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