175 ブリキのフクロウ
「グゲェッ」
不気味な笑い声を発しながら蠢く鎖をむんずと掴み、ウシツノは刀を押し当てる。
「フンッ」
そして力強く刀を押し込み鎖を見事断ち切った。
切断された鎖からかすかに霧のようなものが霧散したように見えた。
「結構固いぞ。並の鎖よりもずっとな」
「桃姫という姫神の妖力だ。単に動くだけの鎖ではない」
「〈ミミック〉と言っていましたね。何がしかに擬態するモンスター、桃姫はそれを生み出す能力を持っていると」
アカメがうんうんと頷きながら何かを考えこんでいる。
「シオリさん」
「……はい?」
「ちょっと、この動く鎖を触ってみてはくれませんか」
「え、え~! やだよキモイ」
「キ、キモ……お願いします、そこを何とか」
「もう……」
いまだ変身を解いていないシオリがおずおずと手を伸ばす。
触れようとすると身をくねらせ、避けようとする鎖にシオリは嫌そうな顔をする。
「蛇みたい……」
意を決してシオリが鎖を掴むと急に動きが緩慢になった。
「なんだ? シオリ殿が掴んだ途端、なんだか弱々しくなったぞ」
「やはり、私の仮説が当たってそうです」
「仮説だと?」
「ええ、そうです。シオリさん、いつもご自身のセーラー服を治すように、この動く鎖たちを治してみてくれませんか」
「え、ええっ!」
戸惑うシオリだが、アカメの言うとおりにしてみる。
「光あれ……」
あたりで蠢く十数本の鎖たちが光に包まれる。
するとけたたましく鳴り響いていた嬌声が途絶え、鎖はそれきり動かなくなった。
「ど、どういうことだ?」
ガキン!
戦士たちが自らを縛める鎖を得物で断ち切る。
それは先程とは違い、いともたやすく実行できた。
「ようは鎖からすれば〈状態異常〉なわけですよ。勝手に動き回るなんてね。となれば常に状態異常を無効化できる白姫なら」
「無機物にかかった桃姫の妖力を無効化できるというわけか」
ウシツノが感心したようにアカメを見る。
そしてその目をシオリに移す。
そこで異変に気付いた。
「シオリ殿?」
「…………」
操り人形の糸がプツリと切れるように、シオリはその場にくずおれた。
意識を失ったようで、姫神の変身も解けてしまう。
「シオリさん!」
「シオリ殿!」
ウシツノやタイラン、アカメだけではない。
ハクニーにベルジャン、そしてほかのケンタウロスもシオリの元へ駆け寄る。
ぐったりとして目を開けないシオリを心配そうに見守る。
やがてハクニーがその背にシオリを乗せると、ウシツノたちはベルジャンたちに案内され、その場を移動し始めた。
谷底から草原地帯を目指すようだ。
遠くの空からその一連を眺めていたモノがあった。
人の頭ほどの大きさのフクロウだ。
羽を広げ、大空を滞空している。
ガシャン、ガシャン……
羽ばたく度に異音がする。
それはそうだろう。
そのフクロウは体がブリキで出来ていた。
ところどころ薄汚れたボディは鈍い黄金色。
目にはレンズが光り、腹には歯車が回っている。
ブリキのフクロウがウシツノたちの向かった方角を確かめる。
そしてしばらくすると反対の方角、ハイランドの首都〈聖都カレドニア〉へ向けて飛び去った。




