174 癒しの限界
シオリの祝福を浴びたことで、息を吹き返したケンタウロス族の戦士たち。
彼らは後ろ足を鎖に繋がれながらも、決して恐れることなく戦い続けた。
その勇猛さと逞しさにウシツノは舌を巻いた。
その後も戦いは続いたが、ウシツノと変身したシオリ、そして崖上から降り立ったタイランも加勢したことで、戦いの趨勢はすでに決っしていた。
アカメの予告した通り、彼とケンタウロス族の少女ハクニーが谷底に下りきった時には、蒼き狼バル・カーン共は方々に逃げ去った後だった。
「兄さまッ」
「ハクニー! 無事だったか」
「はい。この方たちに救われました」
ケンタウロスたちのリーダー、ベルジャンと名乗る青年の元に、ハクニーがたどり着いた。
「兄さま、お怪我を……」
「ああ、しかし死ぬほどではない。心配するな」
確かにベルジャンの体には無数の傷と流血が見られる。
彼だけではない。生き残っている数人のケンタウロスたち全員が傷を負っている。
中には手に持った槍でその身を支え、かろうじて倒れまいとする者の姿もある。
「なに。私たちにはシオリさんがいます。シオリさん」
アカメがシオリに声をかける。
「…………」
「シオリさん?」
「……ん! 〈光あれ〉」
天に手をかざしたシオリからその言葉が漏れると、傷ついたケンタウロスの戦士たちが光に包まれる。
「おお!」
するとまたしても先程と同じく、傷口がみるみると塞がり、同時に痛みや違和感も消えていく。
「なんという不思議な力だ」
「あの娘は、女神か」
皆が光をたたえるシオリを眩しく見つめる。
やがて光は消え、皆の傷も癒えていた。
「教えてくれ。あの娘は何なのだ」
ベルジャンはシオリから目を離さずに問う。いや、離せないのだ。
アカメとタイランが顔を見合わせる。タイランはそっと頷く。
「できれば秘密にしておきたいところですが……仕方ありません。話しても理解できるかは疑問ですが、シオリさんは異世界人なのです」
「異世界?」
ハクニーが首をかしげる。
「ええ。シオリさんは異世界より〈姫神・白姫〉として、我々のこの世界にやってきたのです」
「姫神……だって! まさかそれでは……」
「ん?」
驚いて見せるベルジャンをアカメが訝しむ。
ドサッ
その時誰かが倒れるような音がした。
全員が振り向くとひとり、ケンタウロスの戦士が血を流し倒れていた。
「セルフランセ? おい、どうした!」
先程まで槍でその身をかろうじて支えていた戦士だ。
ベルジャンはその者に駆け寄ろうとするが、鎖が邪魔をして手も届かない。
タイランとウシツノがその者に近寄る。
セルフランセと呼ばれたその戦士は、自らの傷口から流れ出た流血の中で事切れていた。
首筋に手を当てたタイランがそっと首を振る。
「セルフランセ……何故だ……お前は傷が、治らなかったのか……」
助けを求めるように、ベルジャンはシオリを仰ぎ見た。
当のシオリも顔面蒼白で倒れた戦士を見つめている。
「シオリさんは超絶なる癒し手です。ですが、死したモノを蘇らせることは、できません」
アカメが静かに説明する。
「この者、シオリ殿の回復を受ける直前に、死していたのであろう」
両手を合わせながらウシツノがそう補足する。
「ご、ごめんなさい……わたし……」
ようやく絞り出したシオリの声にベルジャンは首を振る。
「いや……あなたのせいではない。セルフランセや、トラケナーは戦いの中で倒れたのだ。我らにとってそれは本望。……感謝している」
「そうか……ではとっととその鎖を断ち切ってこの場を離れよう」
ウシツノが刀を振るい、ベルジャンの後ろ脚に繋がれた鎖を斬ろうとする。
ガイッン!
「なに!」
ウシツノは驚いた。
なんと鎖が突然その身(?)を動かし刀を避けたのである。
「クケケケケケケッ」
ジャラジャラとその身を蠢かす無機質な鎖から、人を小馬鹿にするような嬌声が響き渡る。
「クケケケケ」
「クケーケケケ」
「クケクケクケ!」
同時にあちらこちらから嬌声が生まれる。
他のケンタウロスの戦士たちを繋いだ鎖からも発せられているのだ。
「なんと面妖な」
「な、なんなんです? まるで生きているかのような……」
「擬態モンスターだ」
「ミ、ミミック?」
ベルジャンが頷く。
「お前たちも見たであろう。あの崖の上に横たわる重装人形。奴らと原理は同じだ」
「無機物……に生命を与える?」
「命が吹き込まれているのか、ただ動くように操っているだけなのか。オレにもわからん。だがこれがオレたちの敵の能力」
「敵?」
ベルジャンがアカメとウシツノ、タイラン、そして最後にシオリを見る。
「そうだ。ハイランド王室に入り込み、あの国を乗っ取った…………姫神」
「なっ!」
「姫神!」
ベルジャンの視線はシオリから離れない。そのまま彼は吐き捨てるようにその名を口にする。
「桃姫マユミ……〈淫魔艶女〉だ」




