167 王の月八日〈破壊〉〈支配〉
登場人物紹介
田宮ユカ サチの親友。蠍の戦闘怪人に改造された。
柘植メグミ サチの親友。天道虫の戦闘怪人に改造された。
「転身」
炎が渦巻く。
「姫神」
轟音が逆巻く。
「〈紅竜美人〉」
だが声は囁くように。
――七人の姫神の中で、最も高火力で、最も凶暴な、〈破壊〉の道標。
腕と脚には赤い鱗、ボディを赤い光沢のある革が覆い、背中には羽根、お尻には尾、髪は燃えるような深紅。
「……あかい」
サチの感想は極々シンプルだった。
――七人の姫神の中で、最も威圧的で、最も不気味な、〈支配〉の道標。
肩から胸、腰のラインを強調する青い鎧、深海の砂を思わせる白い腰巻、海蛇を思わせる青いベルトを脚に巻き、肩からヌルヌルとした触腕を生やす。
何も言わず、二人が正面からぶつかった。
観覧していた召使たちに見えたのはそこまでだった。
ギィンッ!
ガギンッ!
音だけが聞こえる。姿が見えない。
ドンッ!
ボコォンッ!
観覧していた戦闘怪人たちは目で追うのがやっとだった。
右で切り結んだと思いきや、次の瞬間には舞台の反対側で激突している。
そのたびに壁や床石が衝撃で破砕していく。
それが一撃ごとに熱を帯び、衝撃が熱風となってこの場を吹きすさぶ。
「おい、なんか、熱くねえか?」
先程までの熱狂を忘れた観客たちの一人がそっとつぶやく。
たしかに誰もが汗ばんでいた。徐々に部屋の温度が上がっているようだ。
ゴゥッ!
一瞬、炎がちらついた。
アユミの振るった斧を受け止めたサチの薙刀が一瞬炎に包まれる。
「熱っ」
サチが離れて間合いを取る。
ようやく二人の姿を確認できる召使たち。
「紅姫の神器は斬ったモノを炎に包んでしまうのね」
ティターニアが面白そうに言う。
「んんんん……水撃砲」
サチの触腕から猛烈な勢いで水流が放たれる。
押し流すどころではない。ハンマーで殴られる以上の打撃と貫通力を持っている。
蒸発!
その水撃がアユミに届かない。
〈熱風防壁〉。アユミの周囲は超高温で包まれており、鉄の針ですら一瞬で溶けてしまう程。
水はどんどんと蒸発し、蒸気が室内に立ち込める。
湿気も増し、室温も上昇する。
「ギャッ!」
叫んだのはアユミ。
蒸気の向こう側から躍りかかってきたアユミはサチの首を掴み力を籠める。
絞め殺そうというのではない。握り潰そうとしている。
鋭い爪がサチの首筋に食い込む。赤い血が流れ出る。
「ぐ、がぁぁぁ……」
空気を吐き出すかのような低いうめき声しか出てこない。
たまりかねたサチの背中から新たに五本の触腕が生えてくる。
その触腕が剛腕となってアユミを殴打する。
アユミは構わずサチの首を絞めたまま、羽根をはばたかせ宙に浮く。
触腕の連撃に顔面やボディを殴られ、右に左に体が流れるが構わずに絞め続ける。
「ぁ、ぁぁぁ」
サチの絞り出すのは声か空気か。
やがて触腕の一撃にも重みが失われていく。
口から泡を吹きながら、白目をむいていくサチ。
その静まり返る〈決闘の間〉の客席から飛び出す者がいた。
それも二人。
その二人の力いっぱいの攻撃に不意を突かれたアユミは、サチの首にかけた握力が弱まるのを自覚した。
上から蹴られ墜落するアユミ。
くずおれそうなサチをもう一人が支え着地する。
床に這いつくばりながらアユミは二人の乱入者を見る。
一人はサソリの尾を持つ女。もう一人は赤い翅に黒い斑点が見える。
そしてその二人ともが転身前のサチ同様、白いブラウスにチェック柄のスカートという女子校生の制服を着ている。
「ユカ、メグ……」
〈蠍〉のユカと〈天道虫〉メグ。
「助けてくれたんだね。ユカ。メグ。やっぱりあたしたち、いつまでも一緒だね」
立ち上がったサチは、左右にユカとメグという物言わぬ二人の〈戦闘怪人〉を従えアユミに襲い掛かる。
「これ以上はもう負けない! たとえ相手が誰であろうと」
触腕の数が十本に増えている。
一撃のスピードも重さも増している。
同時に薙刀による攻撃も加わる。
触腕、神器の攻撃が過ぎると、隙を埋めるようにユカとメグが攻撃に加わりだす。
アユミの表情には焦りが増している。
藍姫サチは明らかに先程までより強くなっている。
それに加え二人の戦闘怪人が攻撃参加している。
「ギャギャッ!」
たまらずアユミが咆哮した。
口から爆炎が放射される。
「せーっの!」
それに対しサチとユカ、メグの三人が両手を突き出す。
爆炎を迎え撃つように激しい水流が放射される。
アユミの炎は三人の水流に飲み込まれ、アユミ自身もまた飲み込まれる。
そしてしたたかに壁に激突し、倒れ伏す。
「う……」
呻くアユミにサチの薙刀が伸びる。
「アマン……タイラン……」
が、その刃がアユミに届くことはなかった。
アユミの放った二つの名に、サチが耳をそばだてたからだ。
「うぉおおお殺せ! 殺せ!」
「サチ様殺してくれェ」
「姫神殺せッ!」
「紅姫殺せッ!」
客席中から殺せ殺せの怒号が響く。
「お前、今誰かの名を言ったな」
「……」
「そいつらはお前のなんだ?」
弱々しく、サチを見上げたアユミの目線がユカとメグに流れる。
「殺せッ! 殺せッ! 殺せッ! 殺せッ!」
ドガッン!
サチの触腕が一本、客席に伸びた。
何匹かの戦闘怪人が潰れて死んでいる。
「うるさい」
サチが転身を解き、元の姿に戻る。
「ティターニア。紅姫と連れを解放してあげて。言う事を聞かないなら、ここにいる全員を今から殺すから」
しぃん、と静まり返る。
「かしこまりました、サチ様」
ティターニアが頭を下げると、サチはユカとメグを伴って〈決闘の間〉を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくして、アユミとト=モは荷物諸共〈支配の宮殿〉から送り出されていた。
アユミはビッグ・バイソンの上で眠りについている。
自らの足で歩むエルフの女王について、入口までティターニアが見送りに来ていた。
「わらわたちを無罪放免でよいのか? 妖精女王よ」
「サチ様のご命令です。従わないわけにはいきませんわ、エルフの女王よ」
何かを得たとは言えない。
だが腑抜けていたサチに姫神としての刺激を与えられたことには満足していた。
「藍姫……〈支配〉の道標じゃが、なかなかに操縦は難しそうじゃの」
「そちこそ、手駒が足りていないのではありませぬか」
「なに、それを取り揃えるための旅じゃて」
「一つお礼代わりに教えて進ぜようか」
エルフの女王が歩みを止め、妖精女王の顔を見つめる。
「なんじゃ?」
「そちの従えるエルフたちなら、先ごろエスメラルダの姫神、銀姫によって討伐されたそうですわよ」
「ほう」
意外にもあまりエルフの女王は動揺したりはしなかった。
「あまり気にしておらぬようですわね」
「確かにあの手勢を失うのは痛手だが、〈センリブ森林〉のエルフは所詮下位種族にすぎぬ」
「それでは」
「ふふ、わらわからも返礼を一つ。目的は今も〈魔精霊〉を封じ込めている者たちを引き入れることじゃ」
ティターニアが目をむく。
「それはまさか、〈ハイ・エルフ〉」
やはり今ここで、この者たちを処分しておいた方がいい。
ティターニアはそう思いつつも出来ずにいた。
「藍姫殿によろしくな」
不敵な笑みを浮かべたまま、エルフの女王は紅姫を連れ、悠然とこの地を去っていった。




