165 王の月八日〈謁見の間〉
――聖刻歴一万九〇二二年王の月八日。
特に身体を拘束されることもなく、エルフの女王ト=モと紅姫アユミは〈支配の宮殿〉の謁見の間まで連れてこられた。
〈アーカム大魔境〉は改造人間と呼ばれる魔物たちの住む地域。
この地を統治する妖精女王ティターニアの居城がまさしくこの〈支配の宮殿〉である。
そして今、二人の目の前にはアユミと同じ姫神、〈藍姫〉サチがいる。
二人の姿を認めると、玉座の前に立つティターニアが口を開いた。
「これはこれはエルフの女王、そして紅姫。ようこそおいでくださいました。旅はいかほどや」
「見え透いた芝居はよい。用件だけ申せ」
「チッ」
つい先日も、クァックジャードの騎士二人に同じような返礼を受けたことをティターニアは思い出し、舌打ちした。
「では、エルフの女王よ。この地に参った理由をお聞かせ願おうかしら」
「この地に用はない。通り抜けるだけじゃ」
「それを信じろと?」
「そうじゃ」
「ふうむ」
暫時、ティターニアが押し黙る。
顎に手を当て、小首を傾げ、いささか芝居がかった考えを巡らす素振りを見せながら、その視線はアユミの上で止まる。
「エルフの女王よ。そなたの旅の供は姫神〈紅姫〉ではありませんか」
「そうじゃ」
「であれば、姫神を連れ歩く者を無条件で開放する。そんな無能が一国を統治できると思われますか」
「いいや。無知は無恥。為政者にはあってはならぬことじゃ」
「フフ、理解いただき感謝しますわ」
「……要求はなんじゃ」
「通行税をいただこうかしら」
「通行税? いくらじゃ」
「金貨を六万枚」
それは先日エスメラルダが交渉に用意した額の倍に当たる。
「払わせる気のない額じゃな」
エルフの言にティターニアがほくそ笑む。
「なにが本音じゃ」
「さすがはエルフの女王。話が早くて助かりますわ」
「……」
「紅姫ですわ」
「!」
自分に話の矛が振られ、アユミの胸がざわつく。
「紅姫を差し出せ、と? 無理な相談じゃとわかるであろう」
「そうではありませんよエルフの女王よ」
ティターニアのアユミを見る顔に凶暴さが滲み出す。
「紅姫の命を、置いて行っていただきましょうか」
「ッ!」
「はっきりと言いおる」
息を飲むアユミと目を細めるト=モ。
「簡単に手を出させるとでも思うか?」
「姫神同士、相争わねば決着はいつまでも尽きませんよ。エルフの女王よ、そなたも〈世界の創造〉にひと役絡みたいのであろう」
「……まだ〈その時〉には至っておらぬ」
「ですが、我らが藍姫サチ様はすでにその気でございますわ」
ドンッ!
それまで玉座に座っていたサチは、自らの神器〈星の海〉の柄頭を床に突き立ち上がる。
「よくわかんない話はもういい! 私はあんた達の好きにはさせない。ティターニア、〈決闘の間〉へ移るよ!」
激昂しているサチの命令で、ト=モとアユミの周囲に〈戦闘怪人〉共が近寄ってくる。
「どうやら決闘とやらを避けられぬようじゃぞ、アユミや」
「そんな……あの人だって同じ日本から来たはずなのに」
「アユミのおった国のモラルがどのようなものかは知れぬが、藍姫はすでにこの世界に馴染んでいるのやもしれぬな」
「……」
ト=モは隣に不安げに立つアユミの髪を優しく撫でながら囁く。
「案ずるなアユミ。そなたは紅姫ぞ。そなたとて時機にああなれる」
「ッ!」
サッと数歩後ずさり、アユミはト=モから離れる。
アユミの脳裏にあの夜、襲い掛かってきた黒姫の形相がよみがえる。
そして正面に立つト=モの顔と重なるように、アユミがこの地に降り立った場所、〈クァックジャード騎士団領〉評議会の面々が透けて見えた。
トン!
アユミは戦闘怪人に背中を小突かれて我に返った。
「もたもたするな。とっとと歩け」
「……」
仕方なく、アユミはト=モと連れ立って、周囲を囲われながらサチの待つ〈決闘の間〉へと足を踏み入れてしまった。




