162 王の月一日〈藍姫〉サチ 午前
登場人物紹介
長浜サチ 姫神・藍姫。クトゥルフを宿す〈九頭竜婦〉
ティターニア アーカム大魔境を治める妖精女王。
――聖刻歴一万九〇二二年王の月一日。
サチが藍姫として覚醒してから半年がたった。
〈東の緑砂大陸〉の中央南部に広がる広大な〈アーカム大魔境〉。
そこを統べる妖精女王ティターニアは、その間じっと耐え忍んでいた。
普段サチはおとなしい。
〈支配の宮殿〉の奥にある、青一色の謁見の間。
壁も床も柱もすべて青い大理石で組まれている。
その部屋の玉座にぼーっと座り、身動ぎひとつしない。。
何を話すでもなく、何を見るでもない。
日本からやってきた時と変わらぬ、白い半袖ブラウスにチェック柄の襞スカート。
何度言われても用意されたドレスを着ることはなく、高校の制服を着続けている。
そして何もせず、一日一日がただ過ぎていく。
「これではただの腑抜けだ」
ティターニアはそう思い、一度サチから二人の親友を引きはがしたことがある。
ユカとメグ。
サチとともに日本からこの世界に転移してきた、哀れな犠牲者だ。
今では蠍と天道虫という〈戦闘怪人〉に改造され、自らの意思は持たないでいる。
この二人をサチのそばから離してみたところ、サチは狂乱し、藍姫の力を暴走させかけた。
腕ずくで抑えようと試みたところ、三十人からの〈戦闘怪人〉を無駄死にさせてしまった。
結局二人をサチのそばに戻したことで狂乱は収まったものの、また何もしない腑抜けへと戻ってしまった。
「何かないものか。藍姫を動かす手立て。マラガでも、エスメラルダでも、五氏族連合でも構わん。そろそろこの地に巣くう者共にも、血を与えねばならん」
人間でも亜人でも精霊でもなく、我ら改造人間がこの世界を統べる。
それはどうしても成しえねばならないティターニアの悲願であった。
「ティターニア様」
部下が報告を携えやってきた。
「なんです?」
「北西第八エリアに哨戒に出た〈戦闘怪人〉蜻蛉よりの報告です。二人の不審人物がまっすぐこの宮殿に向かい歩いているとのこと」
「何者です?」
「蜻蛉の見立てでは揃いの旅人帽に二人とも〈鳥人族〉であることからおそらく」
「クァックジャード!」
ティターニアの目が見開く。
「今、この地へ奴らが現れるとは、どこからの差し金か」
各地の調停を請け負うクァックジャード騎士団に国境はない。
いかにして戦争、紛争を防ぐか、そのための平和の使者としての特権を、全世界から承認されている。
それゆえに戒律も厳しく、いかなる時も中立を保つことを求められているのだが。
「すでにクァックジャード騎士団とて、長い歴史でその理念など形骸化しておる。一応の名目はたてておるが、奴らとて私利私欲に溺れる俗人にすぎん」
「では、迎撃なさいますか」
「……それは早計だ。まだ我らも体制が整ってはおらぬ。とりあえずは受け入れて様子を見る。場合によっては……」
ティターニアの中で幾通りかの未来が計算され始めていた。




